林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』証人尋問
目次
寒さが一段と厳しくなり、日照不足の東急不動産マンションは一段と住みにくくなった。気が付いたら師走に突入していた。一年の経過は早い。今年は東急不動産だまし売り裁判と年であった。迫り来る本人尋問年末に向けて思うところは少なくない。
第三回口頭弁論は二〇〇五年一二月二二日一三時半から一六時半まで東京地裁六二五号法廷にて行われた。隣地所有者の証人尋問と林田力本人の当事者尋問が行われる予定であった。
ところが、開廷直前に被告代理人井口弁護士から原告代理人に連絡が入り、「(自分の)母の見舞いに行くために弁論を早く切り上げたいので、林田力の尋問を次回期日に延期してほしい」と要求してきた。しかし、このような時のことを考えて東急不動産は弁護士を三名も付している筈である。三人も弁護士を付しているのだから代わりが出廷するのが普通である。とことん出鱈目な態度をとる企業である。
東急不動産による当日になっての延期要求は明白なルール違反である。当事者の一方が、やむをえない事情で口頭弁論の期日の変更を希望する場合は、事前に口頭弁論期日変更申立書を提出しなければならない。井口寛二がしたように、いきなり当日に延期されるならば相手方当事者や裁判所の予定を無駄にし、混乱させることになるためである。
実際、林田力の尋問が延期されるならば、林田力が出廷する必要はなかった。しかし、井口弁護士は当日の開廷直前に連絡したため、林田力が知ったのは法廷に到着した後であった。東急不動産側からもっと早く連絡があれば時間を無駄にせずに済んだが、後の祭りである。これまでも東急不動産は自ら知っている情報について林田力にわざわざ調べさせるなど、林田力に無駄な労力を費やさせていた。その延長線上で今回の件も理解することが正しい。東急不動産による悪質な嫌がらせである。
東急不動産側はこれまでと異なり、井口弁護士以外に五人も傍聴に来ていた。林田力や隣地所有者が知っている顔は関口冬樹と大島聡仁のみで、残りは初めてである。五人は林田力には敵意の塊のように見えた。五人は林田力らとは視線を合わせようともしなかった。視線をそらすことで自己の心の安定を保とうとするかのようであった。
五人は挨拶もしなかった。彼らは挨拶の仕方さえ忘れてしまったようであった。それとも、それが蛮族の挨拶なのかもしれない。隣地所有者は「挨拶くらいしたらどうだ」と苦言を呈した。挨拶とは相手の存在を認めていることを表現する最も簡単な手段である。五人の仕草や無言の表情の内には、自分で責任を取るつもりはなく、いつだって逃げ出してしまえるとの決意が隠されていた。
この日の口頭弁論は隣地所有者の人定質問から始まった。続いて林田力本人の人定質問を行い、隣地所有者と林田力が宣誓した。林田力の尋問は延期されたが、折角出廷したため、人定質問と宣誓だけを実施した。
証人尋問は主尋問、反対尋問、補充尋問の流れで進む(これは当事者尋問も同じである)。最初に証人を申請した側が尋問によって事実を明らかにする(主尋問)。次に相手方が主尋問を崩すために尋問する(反対尋問)。最後に必要があれば裁判官が疑問点を質問する(補充尋問)。
隣地所有者の証言は法廷中の人々の耳に響き渡った。隣地所有者の表情は真剣そのもの、背筋を伸ばして座っている様子は自信に溢れている。何の遠慮も緊張も不安もない。矢弾の如き反対尋問をどれだけ浴びせられようと自分が折れたり、崩れたりすることのない証人であった。
その証言内容は現場を踏んだ人間にしか語ることのできぬ細かい描写に満ちていた。話し方が淡々としているだけに却って強烈な現実感を聞く者の耳に伝えた。誰が見ても、それが悪徳不動産業者のような人間であっても、隣地所有者が真実を口にしていることは明白であった。証言内容は法廷の床やテーブルと同様に現実であった。
井口弁護士と東急不動産から派遣された番犬諸氏は退屈と無関心の表情を精一杯装っていたが、それ以外の廷内の人々は皆、隣地所有者の証言を聞くのに夢中であった。証人の一挙手一投足すら見逃すまいとしていた。欠伸をしたり、虚ろな目つきを見せたりする人は一人もいなかった。
井口弁護士による反対尋問は、主張の本筋には意図的に触れないようにし、言葉尻を取りあげてケチをつけようとするものであった。「証人の信憑性を揺るがせることができないならば、どうでもいい瑣末な情報で証人を叩きのめせ」という方針である。同じ質問の繰り返しや主旨がつかめない質問等、ヒステリックになった反対尋問であった。
言葉の選び方、声の使い方、独りよがりな早口から、身振り手振りに至るまで万事に神経が行き届かない風があった。それが不愉快に感じるのは身勝手な思い込みと猪突猛進の勢いだけがやたらと目に付くためであった。的外れの質問も多かった。隣地所有者は井口弁護士の質問を巧みな剣士のように易々と受け流した。尋問終了後には「井口弁護士の反対尋問は引き出したい答えが予想できてやりやすかった」と語っている。
反対尋問でも井口弁護士はルール違反を犯した。井口弁護士は尋問中に東急不動産と隣地所有者が締結した「越境についての覚書」を提示した。証人尋問では裁判官の許可を得て、文書等を利用して証人に質問することができる。但し文書等が証拠調べをしていないものであるときは、当該質問の前に、相手方にこれを閲覧する機会を与えなければならない(民事訴訟規則第一一六条)。しかし覚書は事前に林田力側に閲覧する機会が与えられていないものであった。
第四回口頭弁論(第二回証人尋問)は二〇〇六年二月八日一三時半から一六時半まで行われた。この日は東急不動産が申請した証人の尋問と前回延期された林田力本人の当事者尋問を実施した。尋問順序はアソシアコーポレーション株式会社・井田真介取締役、林田力本人、東急不動産住宅事業本部プロジェクト事業部・関口冬樹である。
東急不動産だまし売り裁判の山場である。法廷は厳戒態勢であった。空襲警報が響いているような雰囲気であった。何人もの人々が右往左往し、空いている傍聴席を探し、落ち着きなく視線を泳がせながら知人と話していた。
林田力は支援者と合流すると、自分がしっかりと守られているという実感が湧いた。ここにいる人々は自分と同じ人々、友人であり、家族であり、東急リバブル・東急不動産の被害者仲間であった。固い絆で結ばれ、共に苦しみを分ち合ってきた。
東急不動産側の傍聴人には未だに大島聡仁がいた。大島は林田力を敵意の針で指しながら挨拶もせずに通り過ぎた。大島がアルス建設には関与しておらず、担当者を名乗る資格がないことは周知のことである。大島のような無能な人間をそのままにする東急不動産には懲戒機能が欠けている。一体、いつになればケジメがつけられるのか。自浄能力の乏しさにはウンザリさせられる。大島のような人間がヤクザになった日にはケジメをつけられた結果、一週間以内に両手の指がなくなるだろう。
東急不動産はマンションだまし売りの責任を負う住宅事業本部・野間秀一、関口冬樹や不誠実な対応を行った大島聡仁らを厳しく罰するべきである。賞ばかりで罰のない会社の雰囲気は暗くなる。不始末を犯した従業員に何らかのペナルティが科されなければ、他の従業員が「なぜアイツばかりお目こぼしがされるのか」と不満に思うことになる。
不満が鬱積すれば社内は暗くなるのは当然である。「集団無責任に陥っている会社では、なにごともうやむやになり、厳しさもやる気もそがれてしまう」(校條浩・本荘修二『日本的経営を忘れた日本企業へ 二版』ダイヤモンド社、一九九六年、二〇二頁)。
大島は傍聴中、相変わらず口を半開きにしていた。裁判の行方には関心なさそうだった。真の担当者ではないのだから、無理もない。「僕は所詮、その他大勢の人ですから、全体の運命に影響は及ぼさないんですよ」とでも思っているのだろう。所詮自分がワン・オブ・ゼムに過ぎないと思っているから、どうでもいいような細部を気にし、大事な課題では沈黙する。
眼鏡をかけ、青いワイシャツに紫のネクタイをした人物は第一回証人尋問でも傍聴していた。痛々しいほど痩せた体と青白い顔は、一見、死人のようだ。馬のように長い、骸骨のような顔の落ち窪んだ眼窩でぎらつく黒い目が死体の印象を一層強調している。彼が大島に顔を向けた時は、「真面目に仕事しろ」と目で非難しているかのようであった。
野間秀一らしき人物もいた。暗い目が底意地悪く光っていた。コートの下には不潔な衣類が腹回りを幾重にも取り巻いており、そのせいで肥満体といえるほどに見えた。被告従業員と思われる傍聴人は時折、林田力の方を見て、薄いのやら軽いのやら様々な笑いを浮かべていた。明らかに林田力を侮蔑していた。林田力は憮然たる表情をつくって、彼らの下劣な期待に応えてやった。
最初の証人は井田真介である。井田は尋問前に林田力をジロジロと見ていた。ヤクザの目だ。林田力は井田に相容れないものを感じた。井田の証言は衝撃的な内容ばかりであった。この証人尋問が終わった時、つながりもなくもつれ合った事実から、一続きの有形的な証拠が編み出された。
第一に井田は康和地所がアルス建設地を地上げしたと証言した(井田真介証人調書三頁)。井田が地上げ屋であったことは分かっていたが、法廷で地上げを認めた意味は重い。
康和地所はアルス建設地を地上げし、東急不動産に転売した。井田はアルス竣工後の二〇〇四年一月に康和地所を退職し、アソシアコーポレーションの取締役となった。東急不動産消費者契約法違反訴訟では期せずして退職者が前の勤務先の醜悪な秘密を暴露するドラマが非の打ち所のない形で披露されることになった。その後、康和地所は二〇〇八年一〇月三一日に資金繰りの悪化で倒産した。
第二に井田はアソシアコーポレーションが不動産協会に加盟していると偽証した(井田真介証人調書二頁)。
社団法人不動産協会は大手不動産会社が加盟する業界団体である。二〇〇六年七月六日現在の会員は僅か二〇〇社で、アソシアコーポレーションは非加盟である。不動産協会加盟と偽証することでアソシアコーポレーションが大手不動産会社と肩を並べる信用のある会社と誤認させることができる。
しかし、アソシアコーポレーションが実際に加盟しているのは社団法人全日本不動産協会である。不動産協会も社団法人全日本不動産協会も不動産の業界団体であるが、両者は別個の団体である。大手企業を中心に組織される前者に対し、後者は中小零細企業を広範に含む。後者は全日と略され、不動産協会と言えば前者になる。
井田はアルス建設地を地上げし、アルス建設地が東急不動産に転売された後は近隣対策屋として東急不動産のために働いた。地上げ屋や近隣対策屋が介在したという事実だけで東急不動産の物件は胡散臭いものになる。そのため、自らが取締役を務める会社の信用を見せかけるために不動産協会加盟と偽証したものと推測できる。
第三に井田はアルスの重みで地盤が緩む危険性があると証言した。「大きいマンションを建てますと、その重みで建設地は多少なりとも沈むことがあります。そうしますと、それに接している周りの土地については土地が引っ張られたり、例えば道路が波打ってしまったりとか、多少その地盤に影響が出るということです」(井田真介証人調書八頁)。
これは建築に携わる者として非常識な見解である。井田真介は大京、康和地所でマンション開発に携わっていたと説明するが、大京や康和地所のマンションへの信頼を地に落とす証言である。
マンションの重みを支えるために基礎が存在する。杭がマンションの自重に耐えらず、地盤を緩めてしまうならば基礎杭としての意味がない。建物の重みを計算した上で十分に支えられるだけのものを基礎杭とする。そのために構造設計(構造計算)が行なわれる。
建設地の地盤が軟弱ならば、建築に際して何らかの基礎補強対策が必要となる。地盤が軟弱だから、建設後にマンションの重みで地盤が緩むことがあるというのは建築主として無責任極まりない発言である。事実ならば、姉歯秀次元一級建築士らによる耐震強度偽装物件と同じである。否、土台が緩い建物は構造計算書偽造物件以上に脆く、崩れやすい。
アルス施工後にマンションの重みが地盤に悪影響を与えるとの証言は、マンション住民や近隣住民にとっては聞き捨てならない内容である。基礎に問題があれば、やがて床が傾き、天井からは雨漏りし、壁にはヒビが入る等、あちこちに不具合が生じる。基礎杭部分は地中に埋まってしまうため、欠陥工事がなされても発覚しにくい。東急不動産にはアルスの構造上の問題(欠陥)について明確に説明する義務がある。
二番目の尋問は原告本人である。スタートを目前に控えた陸上選手のように林田力の胸の鼓動は高まっていった。林田力は心を落ち着けるために、ゆっくりと手を胸の前に置き、深呼吸した。非の打ちどころのない姿勢。足取りは軽やかで迷いはない。まるで幼い頃から大衆に見られることに慣れて育ったような歩き方であった。この貴族的な身のこなしと庶民的で気取らない人柄の組み合わせが人々を強く惹きつけた。
林田力は準備万端整えて証人尋問に臨んだ。林田力は真剣で威厳に満ちていた。言動の全て、その動き一つ一つから確信と熱意が感じ取られた。知性と信念と情愛の深さが不思議に混ざり合っていた。その顔は古代ローマの金貨の肖像のようであった。貴族的な顔の肌はスベスベしていて、小皺一本見当たらなかった。
林田力は健康そのものであった。太陽の光をいっぱいに受けて育ったと思われる、はつらつとした体。大地からすっくと生えている若い木々にも似た、健やかで爽やかな感じは林田力が心身ともに健全であることを示すものであった。
その証言は偽りを貫く陽光の矢のようにマンションだまし売りをありのままに再現した。法廷内には目に見えるほどの緊張が立ち込めた。目に見えない巨大な掃除機が法廷内の空気をすっかり吸い込んでしまったようであった。ぴんと張り詰めた空気は隅まで弛むことなく、刹那の印象は鋭利な刃物のようであった。
林田力には強さと穏やかさを持ちながら人生を歩み、他人から恐れ敬われるような雰囲気があった。どれほど威張ってみても、大企業の看板をちらつかせても、一着数万円のスーツを着ても真似できないような雰囲気があった。林田力は生と死の間を当然のように自信を持って歩き、刻々と変わる世界を楽しみ、下賎な欲望にまみれた悪徳不動産営業のような連中から自己を区別し、その上に立っていた。
誰もが文句なしに認めざるを得なかった。林田力は聞いている者に深い感銘を与える演説者であり、誰よりも雄弁であった。その声は太く大きく、言葉は常に的確であった。弁説は爽やかで、言葉にもセンスがあった。話術は要領を得ており、実に巧みであった。しかし、それだけではなかった。林田力は正しいことを証言していた。これが林田力を東急不動産従業員から大きく区別していた。
林田力は傍聴席に背を向けていたが、視線が自分に集中していることを背中で感じた。視線が自分に集中することによる緊張に満ちた快感が、まさにこれである。証言を続けていくうちに東急リバブル・東急不動産への怒りが改めてこみ上げてきた。
証言することは思い返すことである。思い出すだけで悔しさがこみ上げる。林田力は激しい怒りを押し殺そうとしながら、証言を続けた。一旦、火がつけば何もかも焼き尽くして灰にしてしまう。普段なら鎮火の手段に使えるものまで。
林田力は唇を噛みしめ、しばし言葉に詰まって苦しげな顔となった。言葉が途切れた。沈黙は詩より雄弁に林田力の心を表していた。息をのんで、言葉を切り、苦痛に顔を歪め、遠い目をして胸に手をあてた。震えが止まらない程の怒りであった。
「いっそ取り乱すことができれば。この胸を噛むような痛み以外に何でもいい、何かを感じ取ることができれば」
原告代理人は全てを知り尽くした人間ならではの雰囲気を漂わせていた。落ち着いた、自信に溢れた姿勢で尋問を続けた。身体にフィットしたスーツ、白髪交じりの頭髪、引き締まった頬。どこからどう見ても完璧であった。
自信溢れた所作、隅々まで通る声、巧みな比喩に明晰な論理運び、切り返しの妙に至るまで弁説は冴え渡っていた。うねる様なリズムで話し、時折、声を落とした。タイミングの取り方は完璧であった。大名題の歌舞伎役者さながらである。「あー」「うー」「あのー」などの戸惑い語は絶対に発しなかった。
原告代理人は、これまで林田力が出会ったどの弁護士にもひけをとらなかった。直観力に恵まれ、弁が立ち、厄介な問題をたちどころに解決できた。法律を事実に当てはめる段になると一瞬にしてしかるべき条文を思い出すことができた。ユーモアのセンスに恵まれ、控えめな魅力に溢れていた。林田力は深い敬意の念を込めて原告代理人を見た。原告代理人の方は林田力の態度を眺めて自信を深めた。
時間の流れは殊のほか速く感じられた。聴衆全員が林田力の証言にすっかり釣り込まれていたからである。空気に塩のような匂いがあるのは汗と興奮の熱気からだろう。一言、一言が雷鳴のように空気を切り裂いた。林田力の証言に少しでも間が生じると、聴衆は身を乗り出してきた。
原告証言は優れた語り手としての才能を持った人物が即興で技量を発揮した名演技であり、聞く者の心を捉えて離さぬ力に満ちていた。林田力は美辞麗句も辛辣な皮肉も口にしなかった。飾りや気取りのない言葉で証言し続けた。言葉は簡潔、しかも極めて痛烈であった。故意に東急リバブル・東急不動産を中傷しようとして書かれた文章でも、林田力証言ほど辛辣にはならなかった。
林田力の声は、ある時は弱くなり、ある時は朗々と響いた。声高らかに東急リバブル・東急不動産を指弾することもあれば、東急リバブル・東急不動産にだまされて無価値の屑物件を購入してしまったことによる羞恥で声が低くなることもあった。音節が抜け落ちることはなく、無駄な言葉も一切なかった。
言葉が神自身の口から発せられているのではないかと思えるほど、林田力は現代の言葉を使いながら崇高なメッセージを伝えていた。言葉にはそれを発した人の裏づけがなければこれほど無味乾燥なものはない。事実に裏付けられた真実の言葉であれば、言葉を理解する者なら誰もがそれが真実だと理解する。
東急不動産側の人間は全員、この世から林田力が消えてくれないものかと念じていたに違いない。無関心とシニシズムとテクノロジー信仰が進む世の中にあっては林田力のような人間、当事者尋問で示したように聞き手の魂に直接語りかけられる現実主義者こそが悪徳不動産業者の脅威である。
林田力が気の触れたクレーマーでないならば、誰かに動かされているのか。そのように考えて悪徳不動産営業は注意深く林田力を見つめた。しかし、その種の匂いは林田力には皆無であった。理解できたことは不利益事実を隠してだまし売りされ、日照・眺望・通風の失われたマンションが純粋に林田力の健康な心身に耐え難いという事実だけであった。
悪徳不動産営業は思わずため息を漏らす。消費者の権利向上のために闘うということは何とつまらなく、価値のないことであろうと、悪徳不動産営業は、いつも思っていた。そのような消費者はバカでしかない。これが悪徳不動産営業の考えであった。
しかし今、目の前で実際にその姿を見て、悪徳不動産営業は指の先までしびれるような気がした。それは鮮烈な風のように悪徳不動産営業の体に吹き込み、胸に巣食っていた嘲笑や侮蔑をことごとくなぎ払った。
井口弁護士の反対尋問は非礼極まりないものであった。威圧的、脅迫的な尋問であった。林田力を傷つけることだけを目的とするかのような尋問であった。人の痛みや苦しみに対して思いやる心は皆無である。東急不動産だまし売り裁判のような訴訟では、企業側は時として卑劣な手段を用いる。彼らのお気に入りの武器は誹謗中傷という泥である。
尋問の目的が情報を発掘することで、証人をけなしたり、当惑させたりすることではないということを井口弁護士は全く理解していなかった。一つ一つの質問に悪意や嫌味が込められていた。井口弁護士にとっては回答よりも質問自体の方が重要であった。
井口弁護士の反対尋問は公開の場で林田力を非難することが目的としか考えられないものであった。井口弁護士は林田力に「図面集というのは、甲第七号証に出てくるこれのことかな」と意地悪く質問した。
「いいえ、それは違います」
林田力はありったけの憎々しさを目に込めて井口弁護士に答えた。心臓は激しく鼓動していたが、頭は不思議に冷静で冴えていた。
「だからどれになるの、それを聞いているの」(林田力本人調書一一頁)
電球が突然切れたように井口弁護士の表情が変わった。まるで林田力が汚い罵り言葉を吐いたかのようにカンカンになった。それはゾッとするような光景であった。井口弁護士の粗暴な性質が体内の奥深くの場所から、その鎌首をもたげたことは疑いなかった。シャッターが下ろされたのか、逆に引き上げられたのか。音もなく顔の筋肉が動き、兇悪顔の天然色見本を作り出した。顔の歪み方は普通の人間の容貌が恐ろしい意味を表す象形文字と化したようであった。
顔からは汗ではなく、毒汁が滴り落ちるようであった。ギョロ目が右へ左へとゴロゴロ動き、それから林田力に向き直った。怒りのあまり、体は震えだしそうで鼻腔が鼻いっぱいに広がっていた。肥満した体は怒りで黒ずみ、今や雷雲と見紛うばかりであった。そこでようやく自分が過剰反応をしていると気付いたらしい。落ち着いた顔をみせようとはしていたが、最初の怒りようは忘れられるものではなかった。
井口弁護士は林田力が誤った回答をしたかのように激しく非難した。しかし、井口弁護士の非難は失当である。井口弁護士が提示した証拠に対し、林田力は「違う」と回答しただけである。どの証拠を指しているのか確認したいならば、「どの証拠ですか」と聞くべきである。自らの質問の悪さを棚に上げ、他人を非難するのは筋違いも甚だしい。他人を痛めつけようとすれば、その目的達成のために自らの道徳性を失うことになる好例である。
井口弁護士の質問に対し、林田力は正しく回答した。それにも関わらず、井口弁護士は公開法廷の場で林田力を非難し侮辱した。林田力は、にわかには現実と信じ難い井口弁護士の激烈な侮辱に息を飲んだ。このように他人から忍耐力をテストされたのはいつだったかと考える。井口弁護士の腹を見ると、林田力は奇妙な悪意にも似た感情が芽生えてくる。先ほどまで林田力の尋問に圧倒されていた傍聴席の東急不動産従業員も、林田力に遠慮ない嘲笑を浴びせかけた。どれほど真剣な感情も五分と持続しない。それが悪徳不動産営業の特徴であった。
井口弁護士の尋問の仕方を見れば、東急不動産という会社のレベルがよく分かる。壇上の男は声高で恐れ知らずの無鉄砲、言動は下品、しかも相手を侮辱することを楽しんでいた。井口弁護士の尋問からは「大物弁護士を頼むとは、さすが東急不動産」とはお世辞にも言えない。頭の硬さ、尊大さ、傲慢さは誠に度し難いとしか言いようがない。嫌味で残酷であくどい姿勢は弁護士資格の剥奪こそ相応しい。
「弁護実務における技術が、社会正義の実現を目的とする弁護実務の本質のゆえに、倫理性と一体のものであることはいうまでもない。尋問技術は、戦略・戦術の一つではあるが、それが弁護実務における技術である限り、倫理性と無縁ではあり得ない。」(加藤新太郎編著『新版民事尋問技術』ぎょうせい、1999年、92頁)
東急不動産代理人・井口寛二弁護士が反対尋問で唯一成功した悪事は、訴訟と無関係な林田力のプライバシーの暴露である。これは反対尋問に名を借りた陰湿な嫌がらせである。証人尋問が公開法廷で行われることを悪用した卑劣な攻撃である。井口弁護士の尋問からは東急不動産及びグループ企業には顧客の個人情報を尊重する姿勢が皆無であると断定できる。嫌がらせは追いつめられた悪徳不動産業者の常とう手段でもある。
第一に年収の暴露である(林田力本人調書一〇頁)。林田力本人の年収がいくらであるかということは東急不動産のだまし売り訴訟の争点には無関係なことである。本件訴訟と無関係な個人情報を公表されるいわれはない。
尋問は相手から事実を聞きだすために行われるが、井口弁護士は林田力の年収を質問してはいない。一方的に喋っただけである。井口弁護士は歪んだニヤニヤ笑いを浮かべて林田力の年収を暴露した。それは人を愚弄する口調であった。あるいは滅多にない支配的立場を楽しんでいるような口調であった。
林田力はアルス購入時に東急リバブルの中田愛子に自己の年収を説明したが、宅建業者である東急リバブルには守秘義務が課せられている(宅建業法第四五条)。もし井口弁護士が法律家として守秘義務を重視するならば宅建業法の守秘義務を犯した中田愛子を放置しておくことは許されない。利益のためならば犯罪も辞さない。それが悪徳不動産業者の病理である。
第二に井口弁護士は林田力がアルス管理組合の理事長に就任したと言及した(林田力本人調書一九頁)。管理組合の役員構成は東急不動産が知る筈のない内容である。アルスの管理を受託している東急コミュニティーが教えたものであることは容易に推測できる。東急コミュニティーは東急不動産の子会社であり、建物の点検で東急不動産の欠陥施工を指摘しないなど居住者よりも親会社の利益を優先させていた。
管理委託契約書一七条では委託業務に関して知りえた情報について管理会社に守秘義務を課している。マンションの管理の適正化の推進に関する法律でも秘密保持義務を定めている。
「マンション管理業者は、正当な理由がなく、その業務に関して知り得た秘密を漏らしてはならない。マンション管理業者でなくなった後においても、同様とする」(第八〇条)。
「マンション管理業者の使用人その他の従業者は、正当な理由がなく、マンションの管理に関する事務を行ったことに関して知り得た秘密を漏らしてはならない。マンション管理業者の使用人その他の従業者でなくなった後においても、同様とする」(第八七条)。
東急コミュニティーは管理会社として失格である。東急コミュニティーは林田力個人だけでなく、管理委託契約違反など管理組合に対しても損害を与えた事実が発覚し、二〇〇六年に別の管理会社にリプレースされた。
第三に井口弁護士は林田力の家族構成について執拗に質問した。いきなり家族構成を尋ねる井口弁護士の意図が理解できなかったため、林田力は一呼吸おいて「質問の意味が分かりません」と聞き返した(林田力本人調書一九頁)。
井口弁護士は林田力の後に行われた東急不動産・関口冬樹への主尋問でも執拗に林田力の家族構成を暴露した。
「四人でマンションを見に来られた機会があったという話があるんだけれども、それは聞いている?」
「はい聞いています」(関口冬樹証人調書一二頁)
この証言は虚偽である。林田力は両親と三人で東急門前仲町マンションギャラリーを訪問したことはある。四人揃って訪問したことはない。
最初は家族にこだわる井口弁護士の真意が理解できなかった。やがて意味不明さが一つの意味として不気味に感じられた。ヤクザが表向きはにこやかに「お子さんはもう小学生になったのでしょうね」と話し掛けることがある。これは暗に「子供がいることを知っており、家族に危害を加えることができる」と脅迫する手口である。
実際、井口弁護士の冷たい声には脅すような響きが込められていた。婉曲的な言い回しをする悪魔の声。何をするか分からない危険な匂いが漂っていた。井口弁護士は民事介入暴力事件の経験があり、脅しの手口も熟知している筈である。
東急不動産は林田力の個人情報を暴露するなど嫌がらせを執拗に繰り返した。それでも林田力の表情はといえば明らかに屈辱に打ち震える風ではなかった。どれほどの不正に晒されようと林田力は敢然と顔を上げていた。それは価値ある人間だけに可能な高貴な行為であった。被害者は貧しさを恥とは思わなかった。それが清貧であれば、むしろ誇りに感じた。
内心では陰湿な攻撃しかできない下らない奴らだと東急不動産と井口弁護士を軽蔑していた。それで十二分に埋め合わせられるだけ、もう心に余裕を獲得できていた。東急不動産の極悪非道の行為を高い視野に立って眺められる心のゆとりが出来ていた。
林田力は以下の知識を会得していた。人生には耐えなければならない侮辱を受けることがある。しかし、過去を決して忘れず、過去を水に流すことなく、目をしっかりと開いていれば、いつの日か最も弱き者が最も強き者に復讐することができる。知識を友人の全てが称える謙虚な心を林田力が失わずに済んでいるのは、この知識のお蔭であった。
反対尋問で井口弁護士は唐突に新証拠「購入条件書」(乙第一三号証)を提示した。これは林田力が売買契約締結前に東急リバブル・東急不動産に対して、販売価格から一九〇万円値引きされることを条件にアルスの購入を確約した文書であった。これによって東急不動産は林田力が三〇一号室の購入意思を有していたことを示そうとしたが、林田力に反撃材料を与えただけであった。
第一に売買契約締結前に購入を確約させる東急不動産の悪質な販売手法が明らかになった。宅地建物取引業者は売買契約締結前に重要事項の説明が義務付けられている(宅地建物取引業法第三五条)。購入者は重要事項の説明を受けた上で問題ないと判断して初めて売買契約を締結する。しかし東急不動産は重要事項説明の前に値引きを条件に購入を確約させている。これは宅建業法の趣旨に反する。
悪徳業者が「購入条件書」のような法的に問題のある文書の提出を消費者に求める場合、東急リバブルが林田力にしたように、原本は業者が回収し、消費者には写しも持たせないことが普通である。それによって悪事が露見しないようにする。ところが東急不動産は愚かにも自ら証拠として公開法廷に提出したため、林田力に攻撃の根拠を与えることになった。
第二に林田力本人尋問の延期が証拠収集のためであったことが露見した。東急不動産は粗末にも「購入条件書」の原本ではなく、東急リバブルからファックス送信された写しを証拠として提出した。そのため提出された乙第一三号証にはファックスヘッダーも印字され、受信日時は本日(二〇〇六年二月八日)の一〇時であった。
本来ならば林田力本人の尋問は二〇〇五年一二月二二日に実施されるべきものであったが、東急不動産側の要求で本日に延期された。ところが当事者尋問を延期させて東急不動産がしたことは新証拠(乙第一三号証)の収集であった。後に尋問延期の理由が井口弁護士の母親の危篤であると判明したが、母親の危篤を名目として林田力本人の尋問を延期させ、その間に揚げ足取りの証拠集めに精を出す。母親の危篤を駆け引きの具に使うとは不孝の極みである。
第三に「購入条件書」を公開法廷に提出することは経営戦略として失策である。新築マンションの値引きは横行しているとされるが、売主は値引き販売を隠す傾向にあり、確認できるケースは乏しい。しかし、東急不動産は乙第一三号証によって値引きの実態を自ら公にした。東急不動産は売れ残り物件を値引きするデベロッパーであると自ら宣伝しているに等しい。
乙第一三号証は内容だけでなく、提出の仕方も問題であった。井口弁護士は乙第一三号証を弾劾証拠として提出したとする。井口弁護士は隣地所有者への反対尋問で事前に相手方に閲覧する機会を与えずに文書を提示して民事訴訟規則第一一六条に違反した。そこで今回は弾劾証拠とすることで正当化しようとしたものと推測するが、井口弁護士の提出の仕方は弾劾証拠として完全な誤りである。
弾劾証拠は尋問中、供述の矛盾や誤りを突くために、反対尋問者が期日において提出するものである。言いたいことを散々言わせて、弾劾証拠を突きつけるのが基本的な反対尋問のテクニックである。従って弾劾証拠は尋問する相手に突きつけなければ意味がない。ところが井口弁護士は林田力本人に証拠は見せず、「六月二二日に署名、捺印をしたか」と追及した。どのような書類かを林田力には一切見せず、「書いたか」とだけ追及した(林田力本人調書一七頁)。何が書かれているか分からないものを認めることができる筈がない。
全く分からないため林田力が手がかりになることを話そうとすると、井口弁護士は「そんなことは聞いていない。そんなことは聞いていない」と机をバンバン叩いて林田力に話をさせないようにした。うっかり「イエス」とでも回答しようものならば一億円の借用書でも提示しかねない。詐欺師も真っ青の卑劣な手法である。
「弁護士なんて、言ってみれば銀行強盗のようなものさ。金のあるところへ行く」と考えていることが明白である。このような弁護士を雇ってまで自社の責任を否定しようとする東急不動産には心底失望した。余りにも卑劣極まりない手法に呆れ返るばかりであった。
林田力は反対尋問で東急リバブル・中田愛子の巧妙なだまし売り方法を証言した(林田力本人調書一三頁)。東急リバブルは北側の建て替えを隠すために、東側の駐車場の建て替えの危険を強調した。それによって建て替えによって日照が遮られることが分かっている北西向き住戸を見事にだまし売りした。
「マンション周辺に空き地は、ありましたか」
狡猾そうに反応をうかがう井口弁護士のニヤケ顔が不快な霧のように渦巻いて見えた。林田力は少しも怯まずに井口弁護士の視線を受け止めた。恐れは敗北をもたらす。心の中で「落ち着け」と言い聞かせた。
「何もない空き地ではありませんが、東側に駐車場がありました。今もありますが、ただ中田愛子からマンション販売の説明の時に……」
「あなたが見た時の話を聞いています」
空気が薄くなったのか、誰もが息苦しくなった。井口弁護士の嫌らしい質問を乗り切ることは林田力の役割であることを原告代理人は心得ていた。助けに入ると弱みを見せることになる。祈るような態度は見せず、林田力の証言に原告代理人は耳を傾けた。
林田力は動悸が静まり、呼吸も治まってきた。目を閉じ、微笑を浮かべながら顔を上に向けた。顔をなでる空気を体内に入れ、神経細胞に送り、生命そのものと一体化させた。
「東側には駐車場があると聞いていました。それを指摘すると中田愛子は『東側の駐車場は何時建つか分からないので危ない』と、北西向きの住戸(三〇一号室)を勧めました」
一旦口を開くと、林田力の声は急流を流れ下る水のように一気に加速がついて止まらなかった。普段は控えめであったが、肝心な点の議論では途端にボキャブラリーが増え、それを誰にでも理解できるように話した。別の出来事を東急リバブル・東急不動産だまし売りに結び付ける技は天才的であった。井口弁護士は表情が歪み、口がポカンと開いた。
井口弁護士は失敗を犯したことに気付いた。林田力にダラダラ話す余地を与えてしまった。「敵の証人にはイエスかノーのみを答えさせるべし」が反対尋問の基本原則である。そして答えが分かっているのでなければ決して質問してはならない。獲物を無力化する前に質問を浴びせてはならない。それが鉄則である。
井口弁護士は尋問を強い調子で締めくくらなければならなかった。グサっと刺された存在が東急不動産ではなく、林田力であることを裁判官に分からせなければならなかった。反対尋問で東急リバブルの巧妙なだまし売り戦術を証言させてしまったことは、井口弁護士のオウンゴール(自殺点)である。
原告代理人は林田力の機転に嬉しくなり、ほっとして笑い声をあげたが、その笑いは林田力の証言に対する屈託のない自然な反応としか聞こえなかった。それでも勝利のVサインを出して細長い葉巻を加えたならば得意の絶頂にあったチャーチルにも見えただろう。
本日最後の尋問は東急不動産住宅事業本部・関口冬樹である。林田力は心の中で呟いた。「嘘をつき続けるより、今本当のことを言った方がいい。さあ、よく考えて本当のことを言うんだ」。関口冬樹には分かっていた筈である。だまし売りが悪いことであると。また、いずれ責任を追及されるであろうことも。この日が来るのは分かっていた、と。
林田力は関口が「自分達が愚かであったことは分かっている」と証言することを期待していた。「間違っていた。欲をかけすぎた。止めるべきとは分かっていた。だが、止めようと思う度、もう一度だまし売りしたところで変わらないじゃないか、という気になってしまった」と。
一方で林田力は関口冬樹が真実を語らないことも知っていた。悪徳不動産営業は神を恐れず、地獄を恐れず、人間を恐れていなければ愛することもなかった。責任を取らなくて済むならば親でも殺す。報復される恐れがないと分かれば親友でも売る。たとえ大型トラックが事務所に飛び込み、彼の机を横切ったとしても、悪徳不動産営業ならば何も見ていないと証言するだろう。
マフィアの一員にとって恐ろしいことは法律によって処罰されることではない。社会から非難されることでもない。組織から見捨てられることである。組織から評価されなければ自分自身の価値を信じることさえできない。この点で悪徳不動産営業と暴力団員は全く同じメンタリティの持ち主である。つまるところ同類である。服を取り替えれば、そのまま立場が変わってしまう。金ピカの装身具をつけ、無教養な言葉を話し、他のまともな職にはつけない男達である。
「職業に貴賎なし」という言葉がある。しかし屑物件のだまし売りに従事する東急リバブル東急不動産従業員が高貴な職業ではあり得ない。東急不動産従業員が身も心も清潔なまま暮らしていくことは不可能であった。似たような顔ぶれの連中と知り合い、代わり映えのしない仕事をし、体に染み付いた悪臭には頬被りする。
悪徳不動産業者は従業員に際限なく会議や小集団活動への参加を強要し、洗脳と改宗を迫る。自立した人間は一体感を持つように拘束されると力が増すどころか減退するという事実を無視していた。自分の運命を他人に預けることで大きくならず、小さくなるという事実を無視していた。
仮に昔は高潔で名誉を重んじたとしても精神の格調をすり減らしてしまう。だまし売りにより消費者を痛めつけ、苦しめることに喜びを見出すようになってしまう。他人の恐怖や苦痛を摂取しないと精神的に生きていられなくなる。
過度に汚染された工場廃液の中で生きる魚は奇形になった挙句、苦悶のうちに死んでしまう。弱い魚から死んで行き、強い魚は仲間の死体を喰らって生き延び、さらに奇形化する。結局、最後は転落する。何がどうあれ、最後は決まって転落である。悪徳不動産営業の転落は自業自得であるが、転落するまでには、だまし売りで多数の消費者に損害を与えることになる。林田力としても失われた権利を回復しなければならなかった。関口の転落が将来的には確実であっても、呑気に待っている訳にはいかなかった。
関口は「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います」と宣誓したが、眼は落ち着きなく動き、頬が紅潮している状態であった。何週間もの間、弁護士や法務担当従業員から粘土のようにこね回され、プログラムされ続けており、今では自分の口から自発的な言葉や真実の言葉が出なくなっているのではないかとさえ思われた。
単語の音節一つ間違ってはならない。自信に満ちた雰囲気を発散する必要はあるが、傲慢な雰囲気は一欠片も許されない。東急不動産にとって関口冬樹の口から出る話は真実味を帯びている必要があった。しかし所定の座席に座って数秒もしないうちに関口は自ら証人としての信憑性を失っていた。何人も関口の証言の一語たりとも信じなかった。
関口冬樹の主尋問は見え透いた猿芝居であった。井口弁護士は打ち易い球を投げ、関口はバットを振る。二人とも法廷ドラマの観過ぎだろうか、立ち居振る舞いが一々退屈しきった雰囲気であった。何度も練習を重ねてきたロールプレイであったが、関口の言葉を信じる者は一人もいなかった。
韓国人拉致被害者とされる金英男氏の会見と同じである。金英男氏は横田めぐみさんの夫で、北朝鮮の金剛山で会見を行った(2006年6月29日)。自らが北朝鮮に渡った経緯について金英男氏は「海で北の船に救助され、北に渡った」と北朝鮮による拉致を否定した(「めぐみさん「94年に自殺」自らの「拉致」否定」埼玉新聞2006年6月29日)。
それでも尋問が進むにつれ、関口は勢いを失っていった。物事を分かり易く説明する能力に欠けていた。関口の声に信頼できる響きはまるでなかった。林田力は終始無言でじっと関口の目を見ていた。言いたいことは全て言わせてやろうというようにも見えるし、嘘を鋭く見抜こうとしているようにも見える。
いつしか関口の証言は弁解の調子になり、しどろもどろになった。焦れば焦るほど口から発する声が関口を裏切った。その声は自分自身を必死に納得させようとしている者の絶望的な響きを帯びていた。睡眠不足もそれに拍車をかけていた。元々、シャープな語り口の持ち主ではなかったが、失調の度合いが進んだように思えた。崩壊寸前といった印象である。
関口冬樹は一分毎に年を取っていくように見えた。顔は蒼ざめ、瞳の色はどんよりとした灰色になり、額の皺が深くなった。両手を頬にやり、我が身が腐りかけていないのを確かめるかのようにそっと叩いた。顔は焦点が定まっていない。生涯で初めての苦痛に押し潰され、正気を失う寸前のようであった。
関口冬樹は自分の無力を実感したに違いない。何故なら心の底では、常に真実が横たわる密やかな暗い穴の中では、自分の証言が嘘だと分かっていたためである。林田力は被害者として当然のことながら関口冬樹に同情することはなかった。「何か言え」と求められたならば、「やった!」と叫んでいただろう。
井口弁護士も関口冬樹も「だまし売り」という単語が法廷の天井近くに浮かび上がることを阻止することはできなかった。その単語は薄汚い霧のように重く垂れ込めた。井口弁護士は法廷弁護士の職業病である「やり過ぎ症候群」を患い、傍聴人は退屈していた。できの悪いシナリオの古い映画の再上映を観させられているようであった。欠伸と重くなる瞼に悩まされながら、傍聴人は睡魔を相手とする負け戦を強いられていた。
林田力も睡魔と戦いながら、井口弁護士が教壇に立つ大学の講義もさぞかし退屈なものと考えていた。ゼイゼイ声で唸るように単調な講義を聞かされれば十分で強い眠気を催すだろう。暑い日ならば五分で確実である。決して授業の形を変えることなく、切れ目なしに講義が続く。その間、学生はノートを取るのではなく、眠そうにボーっと宙を見つめている。眠気を覚まそうと両目を見開いても、重いまぶたはすぐに下がってしまう。
関口の証言は人間的鈍感さと共に救い難い愚かさを露呈していた。関口はマンションだまし売りを行った。一生に一度あるかないかの買い物で消費者に大損害を与えた。それを後悔の欠片もなく証言した。楽しむように証言した。
「途方もない所業の根本的理由は罪のないものだった」と言わんばかりに、あっけらかんとした顔であった。危険人物である。自己の論理がどれほど歪んだものであるか自覚していない。凶悪犯罪を行う間に類型があるとしたら、関口のような人間こそが典型であった。固有の理論に固執し、自分の罪の衝撃を弱めてくれる信念を心に構築し、常識的感情が欠如した人間。悪徳不動産業者が被害者の背中にナイフを突き刺す前に少しばかり待ったからって、被害者が礼を言うと思っているのか。
関口が心の中で以下のように思っていることは容易に想像できた。
「だまし売りは当たり前のことじゃないか。東急不動産ではだまし売りが当たり前のこととして続けられてきた。その順番が自分に回ってきただけだ」
関口にもマンションをだまし売りすることで、激しい罪悪感や平常心から隔離されてしまう悲痛、満足感をはるかに越えた苦悶を味わうことになると予想していた時期があったかもしれない。ところが実際に感じたことは解放感であり、力であり、様々な現象に広く反応できる感覚が生まれたことであったと勘違いしているようであった。
関口冬樹の証言は異星人が知らない言葉で話しているような言葉を聞いているような遠さを感じた。その心を理解することは不可能である。関口冬樹は現実を直視していない。変な業界観念に縛られていて、ありのままの世界の解釈を素直に受け入れることができていない。東急不動産従業員は、自分達の行為が正しいか否かのチェックができなくなっている。善悪の基準がないところに、自分達を合理化する手立てだけを教えられているため、結局は自分達の行為を全て正当化する。
関口は「隣が建て替えられて窓が塞がった方が売りやすい」という理由にもならない理由を立派に理由足り得る論理と思って証言した。おぞましい自己中心主義が現れている。醜い言葉には醜い精神の香りがする。関口冬樹の妄執は気味悪くさえ思われるものであった。
東急不動産従業員とは、このような異常感覚を日々養ってきた人々である。平均的な消費者がどのような感覚でマンションを購入しているかを知ろうともしない。原因のないところに結果は発生しない。自分が行った行為に対する結果への評価を素直に受け止められるようになることがプロフェッショナルとしての第一歩である。
結局のところ、関口は「俺のルールでは問題ない。俺に任せろ。な、わかるだろ?」ということを主張しているに過ぎない。誰が聞いても乱暴な論法である。誰から見ても関口が間違っている。いわゆる竹槍攻撃である。残ったのは精神力だけという状態だろうか。
関口冬樹が素なのか開き直っているのか分からないが、「俺ルール」人間は本当に困った存在である。どれほど論理の飛躍があり、どれほど自己矛盾を抱えていようと、関口冬樹は自分の内で自分の物語を自分に都合がいいように何百回と繰り返しており、異論を受け入れる余地はなくなっている。
関口は漫画の世界から出てきたようなキャラクターである。馬鹿げた考えが未だ彗星にも惑星にも恒星にもなっていない宇宙の塵のように、はっきりと固まらないまま、頭の中をグルグルと回っている。社会人とは思えぬ、計り知れない程の非常識さ丸出しである。生きながら自分のエゴに食い殺される威張り腐ったゲス男である。人の顔を持った屑には屑なりの理論があるということだろうか。人に世に存在することは迷惑である。本気で鉄格子付きの病院を勧めるべきだろう。
「言い逃れするにしても、もう少しマシな言い方はないのか」というのが正直な印象である。子供でももっとましな弁解はする。駄々をこねれば全世界が手に入ると信じきっている三歳の子ども以下である。信念や思想を何ら持ち合わせてない上に、ひたすら自己正当化を図ろうとしているだけである。まさに自分可愛さのワガママなガキンチョである。成人してからの経験が身に浸透しておらず、子どもの頃に抱いた幻想から抜け出せない。見た目は大人、頭脳は小児の逆江戸川コナンである。
しかも関口冬樹はくそ真面目な顔で証言をした。その様子は滑稽と言っても過言ではなく、時の場合が違えば、声に出して笑ってしまったところである。尋問調書を読み返すだけでも、笑いごとではないとは分かっているが、「ぷうっっ」と吹き出してしまいそうになる。関口冬樹証人調書をコピーして配布すると、皆、面白いと言ってくれる。
奇天烈な思想を持った人間の吐く台詞は、傍観者から見れば最上級のエンターテイメントとなる。嘘を吐き続ける占い師や、腰を振り続ける下ネタ芸人や落下傘で皇居に降り立つ武勇伝は、その存在感だけで観覧者を沸かせている。
東急リバブル・東急不動産従業員は事実を客観的に考察することが苦手のようである。これは悪徳不動産業者特有のもので、常に自分に都合の良い情報しか認めないとする幼稚な思考からくるものである。勝手な妄想を膨らませ、やがてそれが本当だったように考えてしまう。幼稚な詐欺師的思考の東急リバブル・東急不動産従業員にとっては、自分にとって気持ちが良いかどうかが、正しいか否かの基準になる。この東急病には適当な処置方法がないのが現状である。
東急リバブル・東急不動産従業員の選民思想や消費者への差別意識は、どこから出てくるものだろうか。基本的に他者から見た自己を客観的に認識する能力が著しく低い。日本人が韓国朝鮮人や中国人を「黄色い猿」と嘲るようなものである。
東急不動産従業員は酷い罪悪感、それが無理ならば少しの後悔を感じて当然の時に「全ては自分を信じたからできた。よくやった」と皆に暖かく抱きしめて欲しいと勘違いしている。東急不動産従業員が易々と自分を許してしまえることが信じ難い。毎日、毎日、よくシラを切り通せたものである。自分は相手の目に見えている人間とは別物と分かっていながら、よくも他人の目を見られたものである。出鱈目な人生を送っていながら、よくも毎朝ベッドから出る気になれたものである。
関口冬樹や大島聡仁はオウム真理教世代であり、彼らと同じ病気を抱えている。十代後半の若者さながらの、自己を特別と思う誇大妄想と、それ故に自らを害するものは悪と断じる被害妄想がオウム真理教や東急不動産の行動を規定している。
東急不動産従業員はオウム真理教同様、閉鎖的な世界に生きているため、カルト的な自己愛が純粋培養されてしまう。真っ当な価値観を教えられることもないまま、金だけを中心に回る空虚な生活を送っていると彼らのようになってしまう。貧しい知識と狭い視野が人間から想像力を奪ってしまうことの典型例である。
行動が稚拙という点も東急不動産とオウム真理教の共通点である。オウム真理教は松本サリン事件において司法関係者を標的に定めておきながら、風の動きを計算できずに無関係な近隣住民を毒牙にかけた。東急不動産も相互に矛盾する証拠や容易に見破れる嘘の主張を平然と行う。東急不動産もオウム真理教も実際の行動には制度を欠き、世辞にも地味腕あるとの印象は受けない。
林田力は嫌でも先を予想した。もし東急不動産のマンションだまし売りが成功し、関口の汚らわしい手に騙し売りの報酬が転がり込んだならば、自分や周囲の人間にどれほどの災厄を降りかからせることだろうか。我と我が身を金で持ち崩すだけに決まっている。
人は落ちるとどこまでも落ちる。まっすぐ落ちていきながらも、関口は得意げで嬉々としていた。そして何よりも痛ましいのは、実際は突き落とされたということに、しかも突き落としたのが日頃より信奉してきた東急不動産に他ならないことに当人が気付いていないことであった。
関口冬樹尋問によって、東急不動産の従業員である関口が東急沿線にも東急不動産の物件にも居住していないことが判明した。東急不動産の実情を知っている人間にとっては東急関連の物件は怖くて居住できないのであろう。農薬まみれの出荷用の作物を自分では食べない農家と同じである。
また、証人尋問によって、東急不動産が住環境というものに対して、真面目に考えていないことが明らかになった。彼らの多くは住むという言葉が適当かどうかを考える余地があるような荒れ果てた穴倉に居住しても平気なのであろう。
悪徳不動産営業の部屋には、デタラメに積み上げられたとしか思えないピザの空き箱やビールの空き缶、雑誌とビデオが積み上げられているのだろう。ほんの数分前に嵐が通り過ぎていったかのような有様である。特に台所が酷く、冷蔵庫に辿り着くことも至難の業であった。
反対尋問において関口は偽証した。関口は東急不動産が証拠として裁判所に提出した乙第七号証の二「報告書(追加資料)」を二〇〇五年二月頃に作成したと証言した。この乙第七号証の二は国土交通省から宅地建物取引業法違反の件で呼ばれたこととは関係ないとも証言した(関口冬樹証人調書一四頁)。これは明白な偽証である。
東急不動産が提出した被告証拠説明書差し換え版(二〇〇五年八月二三日送付)は乙第七号証の二について以下のように説明する。「平成一七年七月八日頃作成」「被告は、国交省に本件に関する経緯を文書によって説明しているが、乙七の二は、国交省に提出した文書に数箇所書き加えをした文書」
被告証拠説明書差し換え版の説明から、乙第七号証の二が国土交通省への報告書が元になっているものであることは明らかである。東急不動産は自ら様々な嘘を交えた屁理屈というべき主張をしながら、他方で御丁寧にも自ら墓穴を掘る矛盾した証言をした。嘘の証言を組み立てる証人は往々にして明白な事実を見落としがちである。その証人についている弁護士にも同じことが言える。自分達のフィクションに没頭するあまり、一、二の事実を見落としてしまう。東急不動産が東急不動産だまし売り事件でしたことは紛れもなく犯罪であった。
隣地所有者の依頼(購入検討者に隣地建て替えを説明すること)についての井田真介証言と関口冬樹証言は矛盾していた。井田は東急不動産の野間、関口、中西に隣地所有者の依頼を伝えたと証言する(井田真介証人調書二二頁)。
しかし関口冬樹は質問にはっきり答えたら、身に災いが降りかかるとでも思ったのか、「はい」とも「いいえ」とも答えなかった。正解はイエスであったが、その答えが関口の口から出ることはなかった。「具体的には記憶がない」と逃げた(関口冬樹証人調書二三頁)。たどたどしく説得力のまるでない口調であった。とぼけたふりをして何とか話をはぐらかそうと必死である。
関口は「康和地所の井田真介が伝えなかったのが悪い」と主張したいようである。会社間で責任をなすりつけ、消費者を泣き寝入りさせる戦略である。井田は東急不動産の近隣対策屋として行動しており、東急不動産の問題である。東急不動産は林田力の矛先を康和地所に向けたいようである。責任転嫁としか言いようがなく、そこには利益を最優先し、顧客を顧みない自己本位の姿しか見えない。
消費者感情を逆撫でする関口冬樹の屁理屈に対しては裁判官も厳しく追及した。東急不動産が林田力に隣地建て替えを説明しなかったことに対し、裁判官は核心を突いた(関口冬樹証人調書二四頁)。
「それは何故かというと売れなくなるからでしょう」
「いや、そういう……」
関口は見るも哀れなほど動揺した。とっさに答える言葉を思いつけなった。額には脂汗がにじんでいた。衝撃波が法廷に広まっていくにつれ、小さな喘ぎ声や咳払いや押し殺した囁きなどがチラホラとあがった。
「そんな不動産買うわけない。隣に家が建つんだなんて事前に言ったら、値引きしろなり、そんなもの要らないといって売れなくなるからでしょう」
林田力側は爆笑した。だまし売りを正当化する関口に対する反感が笑いの形をとって爆発したのも当然であった。自分でも驚くほど生き生きした笑い声が林田力の喉から飛び出した。林田力にとって笑いは薬であった。マンションだまし売り発覚以来、笑うことは少なくなっていたが、笑うと目に人気俳優のような輝きをもたらした。
林田力は大声で長々と笑いながら、東急不動産従業員らの真面目くさった顔や半分隠されている顔、血の気を失った顔を見つめていく。東急不動産従業員らは口の利けぬ銅像か、息をする石ころさながら顔を見合わせ、真っ青になるばかりであった。平静を装ってメモをとっている人物もいたが、頭が大混乱に見舞われ、自分の字が自分で読めない状態であった。
「いや、そういうことではなくてですね、他のお客様に対して……」
関口冬樹は喉から首筋までを紅潮させ、つかの間、裁判官につかみかかりそうな気配を見せた。慌てて井口弁護士が助け舟を出す。
「他のお客様に対しての影響を言っている。誤解を招くということ」
「はい」
関口は四苦八苦しながら震える声を絞り出した。しかし、裁判官には通じなかった。
「誤解を招くってどういう意味。それは会社の方が誤解を招くよ。誤解なんて招いたって情報をいっぱいもらって、それは買い手が判断することでしょう。買い手が判断する情報を提供していないじゃないですか」
裁判官の繰り出したパンチは一発残らず関口の顎に命中した。この決定的な瞬間を裁判官が心ゆくまで味わっていることは明白であった。
関口は目を閉じた。お釈迦様でも天照大神でもイエス・キリストでも、とにかく誰でもいいから、聞いてくれるかもしれない相手に向かって大急ぎで祈ったかもしれない。しかし、目を開いた時、裁判官は目の前にいたままだった。状況は何も変わっていなかった。
尋問が終わった時の関口は救急車を呼ぶ必要があるくらいズタズタに引き裂かれていた。あれほど徹底的に貶められた証人は見たことがないと原告代理人は語った。