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東急不動産取得のバーリントンハウス馬事公苑

東急不動産が東京都世田谷区上用賀の老人ホーム・バーリントンハウス馬事公苑を取得したことが2010年11月16日に明らかになった。バーリントンハウス馬事公苑は東急建設が施工したが、設計通りに施工しない欠陥施工で耐震強度不足が発覚した。この事件には様々な点で考えさせられる要素があった。あわせて東急建設施工の問題物件を同じ東急グループの東急不動産が購入したことには因縁めいたものが感じられる。
バーリントンハウス馬事公苑はグッドウィル・グループ(当時)が2006年に開設した地上7階地下1階建ての老人ホームである。構造計画研究所が構造設計を担当し、東急建設が施工した。ところが、柱の鉄筋本数が少ないなど、約800カ所で建築確認を受けた設計図面と異なる施工があることが2008年5月30日に判明した。その後の東京都の調査で耐震強度不足が確認された。既に鉄筋不足が明らかになっており、「やっぱり」という結果であった。
興味深い点は問題の発覚過程である。耐震強度不足の原因となった欠陥施工は2007年12月に購入する予定であった不動産会社・ゼクスによる建築関係書類のチェックによって発覚した。これは耐震強度偽装事件や欠陥マンション問題で繰り返されてきた問題と構図が重なる。買い手が注意しなければならないという不動産市場の絶望的な状況である。
本来ならば手抜き施工に対しては、何重ものチェック機能が働く。
第一に監理である。工事では監理者というポストを設置し、設計書通りに施工されているか確認する。「設計監理」と称されるように監理は通常、設計書を熟知している設計者が行う。
第二に中間検査や完了検査という確認検査機関の検査である。建築確認の内容通りに建築されたことを確認する。
第三に建築主の検収である。建築主は建築請負契約の発注者として契約通りに施工されているか確認する。
本件では、これらのチェックは全て機能しなかった。これは本件だけではない。耐震強度偽装事件でも、居住してから欠陥が判明する欠陥マンションでもチェック機能は働かなかった。一方でバーリントンハウス馬事公苑では施設の買い手の調査で明らかになった。
買い手の調査で判明する程度の内容ならば、上記のチェックで見極めることが能力的に不可能とは考えられない。買い手と上記の確認者との相違は能力面ではなく、真剣さにある。物件の買い手は不良物件をつかまされたくないため、問題がないか真剣に調査する。
一方、監理や確認検査機関にとっては所詮他人事という面がある。料金分以上のチェックは行わないという意識が働いている可能性がある。建築主は自分の建物になるのだから、本来は真剣に調査すべきである。しかし自分が住む建物でもない限り、専らの関心は建築費用を低く抑えることになりがちである。施工を厳しくチェックするよりも、安い費用で施工する業者を歓迎する。
これも耐震強度偽装事件や欠陥マンションと同じ構図である。建築する側も検査する側も真剣にチェックするインセンティブが働かないならば、物件の買い手が注意するしかない。紛争予防策として買い手に注意喚起することは有意義である。
しかし、買い手が契約前に全てをチェックすることは困難である。本件でもゼクスの調査には限界があった。問題発覚によって譲渡は延期したものの、施設の運営はゼクスが継承した。仮に契約前に問題の全容を把握していれば、そもそも契約を避けることが合理的な行動である。だからこそ、東京都に相談し、本件が報道されるに至ったものと推測される。
買い手の調査が望ましいとしても、買い手に注意を要求するだけでは酷である。不動産のプロであるゼクスでさえ、問題物件を購入してしまった。調査能力の限られている消費者が説明義務を果たさない業者の不誠実な説明で問題物件を見抜くことは無理である。しかも問題物件を購入してしまった買い主の自己責任を強調することは、建築主として行うべき確認を怠った(または悪意ある)売り主を利する結果となる。これは正義・公平に反する。
最終的にゼクスは売買契約を解除した。これは妥当な解決策である。私も東急不動産から購入したマンションについて引渡し後に不利益事実(隣地建て替え)不告知が判明したため、消費者契約法に基づき売買契約を取り消した(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)。
バーリントンハウス馬事公苑の問題は不動産購入における買い手の調査の重要性を再認識させた。一方で調査能力のある不動産業者でも問題物件を購入してしまう可能性があることも明らかになった。不動産の売り手は十分な調査をせず、反対に買い手が調査しなければならない点が不動産市場の現実である。
買い手には自衛のために十分な調査が望まれるが、根本的な問題は不動産市場が売った者勝ち状態にあることである。引渡し後に不備が発覚した場合は、全て売り主の責任とするくらいの厳しいルールが必要である。
欠陥に対しては修繕という選択肢があるが、修繕では解決できない問題もある。特に新築物件は修繕すること自体が物件の価値を貶める。悪質な不動産業者は欠陥を隠して販売し、欠陥が露見しても、「修繕すればいいだろう」という態度になる。そのために契約の白紙化が重要になる。今後は物件に問題が発覚した場合、速やかに契約を白紙に戻す形での契約実務や裁判例が蓄積されていくことを期待する。
バーリントンハウス馬事公苑の問題は報道面でも考えさせられた。バーリントンハウス馬事公苑の耐震強度不足は2008年11月12日の東京都発表に基づき各紙が報道したが、その中で読売新聞の報道が優れていた。読売新聞は「老人ホーム耐震性不足 旧グッドウィル開設、都調査で判明」と題する記事を2008年11月12日付けで掲載した。この記事は社会保障部・小山孝記者及び社会部・広中正則記者の署名記事である。
読売記事は冒頭でバーリントンハウス馬事公苑を「建築基準法上の耐震強度基準を68%しか満たしていない違法建築物である」とする。耐震強度不足の事実を説明する他紙に比べ、読売記事は「違法建築物」と強い論調で違法性を強調する。耐震強度偽装事件以来、耐震強度不足物件が次々と明らかになり、国民の感覚が麻痺してしまった感がある。
また、メディアは耐震強度偽装(構造計算書を故意に偽装した物件)と耐震強度不足(計算ミスなどで結果的に強度不足になった物件)を意図的に使い分けている。確かに両者は区別されるべきだが、使い分けによって後者はあまり悪くないという印象を与えてしまったことも事実である。その意味で耐震強度不足物件も違法建築物という原則を忘れない姿勢は評価できる。
続いて「国土交通省も設計や建設に関係した事業者の行政処分などを視野にさらに調査を進める」と国交省の意向を紹介する。耐震強度偽装事件では、実際の構造設計者に全責任をなすり付ける傾向が見られ、本質の解明には程遠かった。設計者だけでなく、施工業者の処分の可能性についても引き出した記者の問題意識は高く評価する。施工業者の東急建設の名前を伏せて報道している他紙もある中、読売記事では東急建設からもコメントを得ようとしている。読売記事の踏み込み度合いは群を抜いている。
読売記事の最大の特徴は居住者の不安を取り上げている点である。記事の副見出しは「居住63人一時退去も」であり、補修工事で退去しなければならない居住者の不安を明らかにした。バーリントンハウス馬事公苑は建て替えではなく、補修で対応する予定だが、補修内容によっては居住者が一時的な退去を迫られる可能性もある。この視点が他紙の記事には欠けている。
入居者には自宅を売却した高齢者や、介護なしでは歩くことが困難な人もいるという。読売記事は「関係者が最も配慮しなければならないのは、高齢の入居者の生活だ」と主張する。入居者の不安をクローズアップした読売記事のユニークさは、執筆記者の一人が社会保障部であったことに起因すると考えられる。これにより単なる建築不動産問題ではなく、高齢者福祉の視点を記事に盛り込むことができた。
これまで日本では建築や不動産について経済の視点から論じられる傾向が強かった。しかし、住宅は生活の場であり、経済の論理だけで語ることのできるものではない。経済優先の発想が耐震強度偽装物件の「経済設計」に行き着いたと言っても的外れではない。これが日本の住環境を貧困にしている要因である。
その意味でバーリントンハウス馬事公苑の耐震強度不足の問題を高齢入居者の生活視点で論じた読売記事の着眼は貴重である。単に建築や不動産の問題として限定しない柔軟な発想が深い記事を生む好例である。今後も幅広い視点からの記事に期待したい。

東急建設施工老人ホーム耐震強度不足で検査機関処分

バーリントンハウス馬事公苑の耐震強度不足は2008年に発覚したが、国土交通省の処分には時間がかかった。国土交通省は2010年2月26日に確認検査機関の財団法人日本建築設備・昇降機センターを監督命令処分にした。
日本建築設備・昇降機センターの処分理由は、所属する確認検査員が指摘事項への対応結果について十分に確認をせず審査を進め、建築基準法に違反する手続きを看過し、確認済証を交付したことである。また、国交省は「本件に関与した建築士等の処分については引き続き調査中」とする。
本件の耐震強度不足は構造計算書などの建築確認申請には問題がなかった点で、耐震偽装事件とは異なる。むしろ、設計図書通りに施工されなかった点で手抜き工事や欠陥住宅と同種の事例である。故に担当した建築士は設計者としての責任は果たしているが、設計図書通りに施工されているかを確認する監理者としての責任は問われうる。
一方、設計図書通りに施工しなかったことが問題であるならば、実際に施工した施工業者の責任が最も大きいことになる。この点で国交省が調査対象を「建築士等」と「等」を付けていることの意味は大きい。上述の読売新聞記事でも「設計や建設に関係した事業者の行政処分」と施工業者も処分対象として想定されていた。
手抜き施工や欠陥工事を見逃してしまったことと、積極的に行ったことでは反倫理性の度合いが異なる。その意味で検査機関の処分が先になったことは、検査機関の立場では釈然としない思いがあるかもしれない。「建築士等」への責任追及が厳正になされることが公正に適う。
このような経緯の後、東急不動産はアドバンテージ・リソーシング・ジャパン(旧グッドウィル・グループ)からバーリントンハウス馬事公苑を取得した。東急不動産はグランクレール青葉台やグランクレール藤が丘など高齢者向け住宅を運営しており、連携が図れると判断したとされる。しかし、東急建設施工で耐震強度不足になった物件を同じ東急グループに属する東急不動産が購入することは様々な憶測を生じさせる。穿った見方であるが、「尻拭いで購入させられた」という見解もある。
東急不動産はバーリントンハウス馬事公苑のサービスや料金体系を自社運営の施設と統合する方針としており、入居者は不安である。耐震強度不足発覚以来の入居者の不安は収まりそうもない。ここでも上述の読売記事「関係者が最も配慮しなければならないのは、高齢の入居者の生活だ」が当てはまる。

オリックス沖縄利権記事に見る市民メディア的側面

フォトジャーナリストの新藤健一氏による記事「沖縄でうごめくオリックスの巨大な闇」が雑誌・週刊金曜日2010年6月25日号に掲載された。「郵政・かんぽの宿」の取得問題で猛反発を受けたオリックス不動産が沖縄をはじめ全国各地で物議を醸していることを取り上げた記事である。首里城からの景観を破壊すると批判されている那覇新都心(おもろまち)の高層マンションやホテルの建設計画などを追及する。
興味深い点は記事冒頭で新藤氏がオリックス不動産に興味を持ったきっかけを記していることである。オリックス不動産は東京都江東区亀戸でワンルームマンション建設を計画したが、解体工事で発生するダイオキシンやアスベストをめぐり建築紛争になった。新藤氏は地域住民としてオリックス不動産と交渉したが、同社の不誠実な姿勢に大いに疑問を抱いた。これがオリックス不動産への問題意識のきっかけである。
残念なことに大手不動産業者が売買トラブルや建築紛争で消費者や地域住民に不誠実な対応をすることは珍しいことではない。記者自身、東急不動産(販売代理:東急リバブル)から新築マンションをだまし売りされ、泣き寝入りを迫る不誠実な対応には煮え湯を飲まされた(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)。
不動産業者が「売ったもの勝ち」「建てたもの勝ち」の姿勢を採る背景は消費者や地域住民を舐めているためである。企業は個々人から恨まれたとしても、問題にならないと高をくくっている。
個人の側にも焼け野原から経済大国にしてしまう前に進むことしかできない発想で、過ぎたことを水に流してしまうことを美徳する日本社会の風潮に毒され、時間の経過による風化に任せていた面もあった。それが悪質な不動産業者を増長させるという負のスパイラルに陥っていた。それ故に個々人が不動産業者から受けた不誠実な仕打ちを決して忘れず、問題意識を持ち続けることは非常に重要である。
このように問題意識を持ち続けることは大切であるが、自分の問題だけでは広がりがない。この点で新藤氏の姿勢は注目に値する。同じ会社が他でも行っていることを調査し、企業体質を明らかにする。これによって問題が普遍性を有することになる。個人を軽視した企業は、大きなしっぺ返しを受けることになる。
個人的経験を問題意識の出発点とした新藤氏の記事は市民メディア的でもある。個人の側にはマスメディアは個人の被害を取り上げてくれないという不満がある。これに対してマスメディア側としては、報道するためには一定の公共性が必要などと言い訳することは可能である。しかし、その姿勢がマスメディアを市民感覚から離れたものとしてしまっている。
個々人が不誠実な対応を忘れることなく、その経験を出発点として大きな問題を追及していく。それが個人の泣き寝入りが横行していた日本社会を少しでもマシなものにする道である。

マンション建設反対運動の団体名の一考察

マンション建設反対運動の団体名について考察する。名は体を表すとの言葉があるが、運動にとって団体名は重要である。
マンション建設反対運動で最も多い団体名は地域名に「環境を守る会」を付ける形式である。「東陽一丁目の環境を守る会」「湘南なぎさプロムナードの環境を守る会」「にこたまの環境を守る会」などである。バリエーションとして「守谷の空を守る会」などもある。一見するとマンション建設反対運動の団体名として分かりにくいが、この種の団体名が増えた結果、分かる人は分かるものになっている。
「環境を守る」は誰もが賛成できる大義名分である。そのために「環境を守る会」は運動の間口を広げやすい団体名である。守旧派が跋扈する前近代的な日本社会では、過激な運動と受け止められることはマイナスという残念な現実がある。
一方で誰もが賛成できる抽象的な団体名は運動の焦点を曖昧にする。「マンション建設反対運動だけではなく、地域の環境について検討し、提言する団体である。だから環境を守る会とした」は一つの考えである。しかし、マンション建設反対は片手間で実現できるほど、容易な問題ではない。
世の中は足し算だけでは成り立たない。往々にして引き算が必要である。優先順位を付けるということは何かを切り捨てることである。セーレン・キルケゴールが説くように「あれも、これも」ではなく、「あれか、これか」が必要である。
マンション建設反対運動が成功または失敗に終わった場合でも、それで活動を終了させることなく、引き続き地域の問題に取り組んでいる団体も存在する。それは価値あることであり、その場合の団体名は環境を守る会的なものが相応しい。
しかし、最初から、その後のことを考えた名前にするよりも、目の前のマンション建設反対に集中すべきである。繰り返しになるが、建設反対運動は厳しい闘いである。将来において団体の役割が変わったならば、その時に名前を変更すればよい。
以上を踏まえ、マンション建設反対運動に相応しい団体名として二点指摘する。
第一に団体名に反対するマンション名を入れることである。これによって何を対象にした運動かが明確になる。マンション建設反対運動は直接的にはデベロッパーに向けられた運動であるが、デベロッパーの論理は「購入希望者が存在するから建設する」である。
それ故に購入検討者に周辺住民から反対運動が起きているマンションであることを知ってもらい、周辺住民を犠牲にするマンションを購入することの意味を考えてもらわなければならない。しかし、購入検討者が積極的に考えることは稀であり、反対運動の側から働きかける必要がある。
その点で団体名にマンションを付することは有効である。購入検討者は検討するマンションについては積極的に情報収集するからである。団体名にマンション名があれば、マンション名で検索すれば検索結果の上位に反対運動のホームページがヒットしやすくなる。
住民には憎むべきマンション名を自分達の団体名に入れたくないという感情もあるが、マーケティング戦略的な思考も重要である。組織への過度の思い入れや自己との同一視は集団主義的な日本人の悪癖である。団体は道具であり、手段であるという割り切りも必要である。
第二に反対運動を前面に出すこともある。ストレートに「○○マンション反対運動」とするのもよい。あくまで団体的な名前にするならば、「○○マンションに反対する会」でもよい。
日本では反対運動に対して「反対するだけ」というネガティブな見方がある。これが環境を守る会のような団体名になる一因である。しかし、堂々と反対運動を名乗ることを躊躇があるならば、マンション建設反対運動として腰が引けたものになる。
実際、多くの反対運動は卑屈なほどに業者の立場を尊重し、遠慮がちに主張を展開する傾向がある。「住民や地域を無視した開発の見直しを求めているのであって、マンション建設そのものへの反対ではない」という断り書きが散見されるほどである(林田力「二子玉川再開発訴訟証人尋問から見えるコンクリと人の対立(下)」PJニュース2010年4月19日)。
しかし、地域環境を破壊するマンションに反対することは決して「反対するだけ」ではない。あるマンション建設計画に対して、地域環境を破壊するために反対するならば、既に住民は地域環境に何が調和し、何が不調和なのかの価値判断を有していることになる。地域環境を破壊するマンションに反対することは、地域環境を守る建設的な活動である。このような確信を住民が抱き、堂々と反対を主張できるようになることが、反対運動を強固にする道である。