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世田谷住民のリスクを考える9.1 緊急シンポ

「世田谷住民のリスクを考える9.1 緊急シンポ実行委員会」が区民の手によるシンポジウム「せまりくる危険から身を守る〜防災の日にみんなで考えよう〜」を2012年9月1日、玉川区民センター大ホールで開催した。

防災の日に因み、世田谷区の防災をテーマとしたシンポジウムである。具体的な内容は放射線の健康リスクと大規模地震の建物の危険性であるが、重層長屋の問題に取り組んでいたグループが主催者であり、重層長屋の問題に関心が集中した。

シンポジウムは二部構成である。第一部は基調講演、第二部はパネルディスカッションである。基調講演では最初に大久保利晃・財団法人放射線影響研究所理事長が「放射能による健康リスクとフクシマ・せたがや」と題して講演した。大久保氏は世田谷区奥沢の重層長屋近くにに住居を持ち、重層長屋問題で独自条例制定を求める陳情の筆頭署名人となった。その縁で講演を引き受けた。

放射線影響研究所は、日米両国の政府が設立・運営する研究機関で、広島・長崎の被爆者に対する放射線の健康影響調査を戦後直後から現在に至るまで実施している。蓄積された放射線のあらゆるリスク情報(放射線防護基準など) は、世界屈指の情報量とされている。福島第一原発事故直後に福島の小学校等の校庭の除染(表土の入替) をいち早く提言したことで注目された。

大久保氏は福島第一原発事故の放射能汚染が一部の論者の指摘するような深刻なものではなく、リスクの正当な評価が必要と訴えた。まず人間は自然放射線を年間2.4ミリシーベルトも浴びている。これは世界平均で、イランのラムサールでは最高で年間260ミリシーベルトも被曝する。このような地域に居住する人々の健康被害を調査したが、特に問題は出ていなかった。

続いて福島第一原発事故の放射能による健康リスクを説明した。福島第一原発事故発生以来、風向きを注意していたが、放出された放射性物質の8割以上が太平洋に流れたとする。大久保氏がアドバイザーを務める福島県郡山市では個人別の線量計を付けている。稀に線量が高い人がいるが、調べてみると海外旅行に行っていた。郡山市で生活するよりも飛行機で海外旅行に行った方が多く被曝する。福島の放射線量は、その程度である。

国際放射線防護委員会(ICRP; International System of Radiological Protection)は年間1ミリシーベルトとの基準を定めている。これは行政目標に過ぎないと説明した。平時の遵守を定め、事故時はできるだけ早く1ミリシーベルト以下に戻すように求めているだけである。1ミリシーベルトを越えたならば何か起こるという話でない。

「1ミリシーベルトを越えたから避難しろ」という主張があるが、暴言である。リスクを正しく理解しなければならない。他のリスクと比較して優先順位をつけなければならない。避難することにもリスクがある。避難先で亡くなった避難者もいる。以上にように述べて大久保氏は軽率な自主避難を戒めた。

次は千葉大学大学院工学研究科建築都市科学専攻の丸山喜久准教授による「首都直下型地震の切迫性と世田谷区の災害脆弱性」である。丸山氏は関東大震災(マグニチュード8)クラスの地震は200年周期であり、今後100年以内に発生する可能性はほとんどないとした。しかし、マグニチュード7クラスの地震が起きる可能性は決して低くないとした。

そのような地震が起きた場合、世田谷区の火災危険度は都内の各地域と比べて高い。消失棟数は大田区、杉並区に次いで多い。大地震時の火災は消防の対応能力を超える可能性がある。つまり、世田谷区では一度燃えたならば止まらず、延焼危険度が高いと結論付けた。

第二部のパネルディスカッションは重層長屋問題が議論された。パネラーは大久保氏と丸山氏に加え、建築家の黒木実氏、高井義和氏、早川誠也氏である。ここでは具体的な路地状敷地の重層長屋の事例に基づいて危険性が明らかにされた。

路地状敷地とは私道や細長い敷地延長の奥に広がる敷地である。旗竿地とも呼ばれる。この路地状敷地ではアパートやマンションなど共同住宅の建設は規制される。これに対して長屋は共同住宅ではないために建設可能である。長屋は共用部を一切通らずに敷地外から直接各住戸の玄関に到達する形式の集合住宅である。

重層長屋は1階に玄関があり、各戸の専用階段で上階に上がる建物で、2階建てや3階建てのアパートやマンションと実質的に変わらない物件もある。マンションを建設できない路地状敷地に脱法的に重層長屋を建築し、近隣住民と紛争になる事例も起きている。そのために世田谷区議会に路地状敷地で重層長屋建築を規制する条例の制定を求める陳情が提出された。

陳情では建築基準法第40条の以下の規定を条例制定の根拠とする。「地方公共団体は、その地方の気候若しくは風土の特殊性又は特殊建築物の用途若しくは規模に因り、この章の規定又はこれに基く命令の規定のみによっては建築物の安全、防火又は衛生の目的を充分に達し難いと認める場合においては、条例で、建築物の敷地、構造又は建築設備に関して安全上、防火上又は衛生上必要な制限を附加することができる。」

その上で世田谷区の特殊性として「91%が住居系用途地域であり、その面積の半分は第一種低層住居専用地域である」点を挙げる。この良好な住宅地を守るために条例制定を求めている。世田谷区議会は2012年5月17日、平成24年第1回臨時会の本会議で「路地状敷地における重層長屋規制区条例制定に関する陳情」を趣旨採択した。自由民主党世田谷区議団・新風だけが反対し、それ以外の会派が全て賛成した。

趣旨採択後は議員も参加した区民と専門家のワークショップを経て、独自条例案作成作業が進められている。シンポジウムでは条例案の内容は明らかにされなかった。

パネルディスカッションでは特に悪質な重層長屋の事例を紹介した。問題の重層長屋は長屋という一般的なイメージからかけ離れている。長屋は二階建てであり、一階と二階は別の住戸である。一階と二階の各々にロフトが付いている。ロフトは収納目的で建築基準法上の居室ではないが、実際は居室として使われている可能性が高い。ロフトが居室として使われていると避難しにくく、居住者にも危険である。

木造二階建ては構造計算が不要である。しかし、問題の重層長屋はロフトがあるため、実質的には三階建て並の高さがある。脱法的に構造計算なしで実質三階建ての建物が建てられてしまう。安全性を保っているか不安である。

重層長屋の居住者の避難をシミュレーションしたCG映像も上映された。敷地外への避難まで110秒も要する。路地の曲がり角で人が溢れて進みにくくなる。もし重層長屋ではなく、平屋の三世帯ならば半分程度の時間で済む。

路地には消防車も入れないために燃え広がることを防ぐこともできない。二メートルの路地では延焼も容易であり、そもそも避難できない可能性もあるとまとめた。

会場からは実効的な規制を求める意見、既存の重層長屋にも規制を求める意見も出て、重層長屋問題への不満の高さを示した。本質的には共同住宅と変わらないものが、長屋と位置づけられることで建築が許される脱法的な建築が許されることへの怒りの根深さを物語っていた。



今回のシンポジウムは路地状敷地での重層長屋の規制を求めるグループが中心となって主催したものである。参加者も重層長屋に関心のある人々で占められた。シンポジウムでは「せまりくる危険から身を守る」と抽象的なタイトルにしたためにテーマが不明確になった感がある。実際、「放射能の話が中心と思っていた」と述べた議員もいた。

一方で放射能のリスクについて冷静な判断を求める基調講演は、危険を煽る無責任なデマが拡散している中で健全な住民運動を志向するものとして有益である。「福島で鼻血を出す子が続出し、下痢、頭痛が止まらない子が大勢いる」「娘の友達が何人も白血病の初期症状と診断され、甲状腺の異常が見つかった」などデマが流布されている。中には皇族の病気まで放射能の原因とするデマもある。

貧困ビジネスのゼロゼロ物件業者が福島県の放射能汚染の不安を煽り、自主避難を勧めて劣悪なゼロゼロ物件に住まわせる例もある。また、自主避難者を劣悪な労働条件で働かる悪徳業者も存在する。まるで現代の奴隷ビジネスが自主避難という善意を装って存在する。

また、自主避難者の中には惨めな生活から逃げる口実として「自主避難」を持ち出した輩もいる。自主避難者というよりも夜逃げ者である。言わば人生をリセットする感覚での自主避難である。当然のことながら、自主避難したところで生活レベルが上昇する訳ではない。むしろ一層転落する可能性が高い。

それでも彼らは福島や関東地方が放射能で人が住めない土地であると盲信することで自主避難という転落人生に至る決断を自己正当化する。そのために放射能の危険性デマを撒き散らしている。これが不安を煽るデマの背景である。避難するリスクと比較すべきとの大久保氏の講演は危険デマを盲信して自主避難することの軽率さを嘲笑うものであり、地に足着いた住民運動の健全性を示すものである。



路地状敷地の重層長屋については、長屋ではないものが長屋と位置づけられる脱法性が根本的な問題である。依存症のある有毒な薬物が合法ハーブとして販売される脱法ハーブと同根の問題である。パネルディスカッションでは重層長屋の建築者には業者としてのモラルがないと指摘されたが、まさに脱法ハーブ店と同レベルのモラルしかない。

シンポジウムでは路地状敷地そのものの悪玉視し、「路地部分を建ぺい率に含めるな」など路地状敷地の土地利用を成り立たせなくするような意見も飛び出した。それだけ脱法業者への怒りが激しいものと理解するが、建設的ではない。主催者が冒頭で強調したように、路地状敷地が問題ではなく、そこにマンションと同等の建物を建てることが問題である。

路地状敷地の重層長屋は日本全国の建築紛争の中では限定的なケースである。マンション建設による住環境破壊が日本全国津々浦々で問題となっており、実質3、44階の重層長屋はかわいいものと相対的には評価することも可能である。良好な住宅地を維持する世田谷区故の問題と位置付けることもできる。それ故に独自条例制定が求められる。

一方で重層長屋には現代的側面もある。今よりも好景気の時代ならばデベロッパーが路地状敷地を入手したら、路地状敷地のみを開発せずに周辺地も地上げし、巨大な集合住宅を建設しただろう。故に地上げが社会問題となった。しかし、現在の不動産不況下では大規模な地上げをする余力のあるデベロッパーは多くない。それ故に全国的に同種の問題が増加する可能性がある。不動産業界では重層長屋を不動産投資信託(REIT)の対象にする動きも指摘されている。



この重層長屋規制の問題は限定的なケースの規制にとどまらず、世田谷区政転換の一歩になる可能性がある。2011年4月の世田谷区長選挙で「脱原発」や「大型開発からの転換」を掲げた保坂展人氏が当選したことは変化を求める民意を反映したものであった。しかし、これまでの保坂区政は変化を求めた人々を十分に満足させてはいない。

保坂区長自身が熊本区政を95%引き継ぎ、残りの5%で改革すると述べている。平成24年度一般会計予算案には前区長与党の自民党や公明党も現区長与党の生活者ネットワーク・社会民主党も仲良く賛成し、反対は共産党、みんなの党、無党派市民という熊本哲之前区長時代と似通った結果になった。既に公約が志半ばに終わったとまで評されている。「大型開発からの転換の公約は志半ばに終わった、二子玉川駅前再開発2期工事については、工事の凍結までには踏み込まなかった」(産経新聞2012年2月3日)。

変化が実感できない要因は議会構成にある。前区長与党の自民、公明が過半数を占めているためである。首長と議会のねじれであり、首長が思い通りに政策を実行できる状況にはない。しかし、それは首長が改革しない言い訳にはならない。

確かに橋下徹・大阪市長のように絶大な支持を得て当選した訳ではない。しかし、過去に田中康夫・長野県知事や竹原信一・阿久根市長らの個性派首長は、地方議会全てを敵に回しても社会に問題を提起した(林田力「お騒がせ首長は改革者か暴君か」PJニュース2010年9月7日)。

彼ら個性派首長に比べると保坂区長の安全運転は物足りない。保坂区長には独裁を嫌うという信念があるとしても、その結果として自民・公明の支持が得られる政策にとどまるならば、一票を投じた有権者の期待を裏切ることになる。その意味で自民党が反対しながらも陳情が趣旨採択された意義は大きい。世田谷区政の転換に期待が高まる。