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林田力:東日本大震災、福島第一原発事故
福島第一原発事故の被曝と医療被曝の比較はナンセンス
東日本震災による福島第1原発の事故について、原子力安全保安院は2010年3月18日、国際原子力機関(IAEA)の評価基準でレベル5に相当すると発表した。1979年のスリーマイル島原発事故と同レベルになった。一方、フランス原子力安全局は15日の時点でレベル6に相当すると発表した。
評価基準のレベル5は「施設外へのリスクを伴う事故」「放射性物質の限られた外部放出」、レベル6は「大事故」「放射性物質のかなりの外部放出」を意味する。環境や人体への影響を評価しなければ、最終的なレベル判断はできない。チェルノブイリ事故のレベル7に匹敵するとの見解も出始めている。
既に東日本各地では通常よりも高い放射線量が観測され、多数の住民に多大な恐怖を与えた。18日には米国西海岸カリフォルニア州でも、通常より僅かに数値の高い放射線量が観測されたとCNNが報道した。これらの放射線量は「人体に影響がないレベル」と説明されている。そこではレントゲンやCTスキャンなどの医療被曝と対比して安全性を云々する傾向が見られるが、これはナンセンスである。以下に理由を述べる。
第一に医療被曝の放射線総量と、恒常的に浴び続ける時間当たりの放射線量を同列に並べることはできない。医療被曝では検査時に一回浴びるだけである。しかし、1時間当たり0.1マイクロシーベルトの環境に1日滞留したならば、2.4マイクロシーベルト被曝することになる。1時間当たりの放射線量が小さくても、長期的スパンで考えれば影響は無視できない。
放射線量の単位についても混同が見られる。人体への影響などでは主に「シーベルト/年」が使われる。これに対し、観測結果は「シーベルト/時間」である。「シーベルト/時間」を「シーベルト/年」に換算するならば24時間365日を乗じて8760倍にしなければならない。測定値が時間当たり1マイクロシーベルトならば、年間約8.8ミリシーベルト被曝する計算になる。
また、医療被曝では放射線源は単一であるが、原発事故の被曝は複合的である。政府の発表では、大気中の放射線量、水道水中の放射線量、ホウレンソウなど食品の放射線量と個別に評価している。それらが「直ちに健康に影響を及ぼすものではない」かは疑問があるが、仮に一つ一つは健康に影響を及ぼさないとしても、それら全てを浴びた場合の問題については誰も述べていない。
第二に放射線と放射性物質の相違である。医療被曝は放射線だけが問題である。これに対し、福島第一原発の事故では放射性物質が飛散している。既に神奈川県は16日に茅ケ崎市の県衛生研究所の分析で、大気中の粉塵から放射性物質のヨウ素とセシウムが検出されたと発表した。
関東地方の放射線量は15日に急上昇した後に低下したため、安心ムードが漂っているが、放射性物質は容易に消滅しない。他所に吹き飛ばされたのでなければ、土壌や河川を汚染していることになる。実際、東京都健康安全研究センター(新宿区百人町)では3月18日に水道水から放射性ヨウ素を検出したと発表した。ヨウ素131が1.47 Bq/L検出されたとする。
この意味する点は重大である。強風によって一部は他所に吹き飛ばされたとしても、既に関東地方の土壌や河川が放射性物質で汚染されていることになる。福島・茨城の牛乳やホウレン草から基準値以上の放射線量が検出された。放射性物質の蓄積は想像以上に早い。放射性ヨウ素は半減期が8日と相対的に短いが、放射性セシウムの半減期は長く、生物に蓄積されていく。最早、大気中の放射線量が低いことは安心材料にならない。
因みに暫定基準値は3月17日から適用された災害時用の基準値で、暫定基準値を下回れば安全ということにはならない。暫定基準値で判断されること自体が、関東地方を原発事故の災害地域であると宣言するもので、在日外国人が関東地方から脱出することは当然である。これが外国で起きた事故ならば日本の外務省も退去を勧告するだろう。
特に水の汚染は深刻である。これまで原発事故を過小評価してきた日本政府であるが、水については飲料メーカーにミネラルウォーター増産を求める意向を示した。それほ深刻な問題と考えられる。
但し、本題からは外れるが、水に関してのみ政府が比較的迅速に対応したことは、陰謀論的な見地では水を民間から購入するように仕向ける新自由主義・構造改革路線の陰謀と疑うこともできる。外国では水道事業の民営化が貧困を生じさせた事例があるが、それと同じような効果をもたらしかねません。安心・安全な水を供給することが公共の責任という点を忘れてはならない。
陰謀論的な推測を進めると、現状はTPP推進派の思う壺になっている。福島原発事故によって国内農業は大打撃を受けることは確実である。「中国産ホウレンソウを使用しています」と表示するスーパーまで現れている。西日本の農産物も日本産というだけで輸出は難しくなる。農家というTPPへの最大の反対勢力が打撃を受け、消費者も海外産を安全性から輸入食品を求めるならば、頼み込んででもTPPに入れてもらわないという論調になってしまいかねない。
第三に内部被曝と外部被曝の相違である。体の外から放射線を受けることと、体内にとどまった放射性物質が至近距離から発し続ける放射線を受けることは別次元の問題である。医療被曝は外部被曝だけが問題である。これに対し、福島第一原発の事故では放射性物質の飛散によって、放射性物質の微粒子を体内に取り込む内部被曝の危険がある。体内への取り込みには、主に食事で口から摂取する経口曝露、呼吸時に口・鼻から吸い込む経気道曝露、皮膚から入る経皮曝露がある。放射性物質が体内に取り込まれれば遺伝子などに損傷を与え、ガンなどの様々な障害を引き起こすリスクを高める。
最後に比較の前提となっている医療被曝についても安全性を当然視できない。ようやく第一から第三の点まではメディアでも指摘されるようになったが、最後の点は軽視されている。僅かに3月14日の日本外国特派員協会主催の「第4回福島原発に関する原子力資料情報室記者会見」で後藤政志氏(東芝・元原子炉格納容器設計者)が触れている。
後藤氏は平等党報道部の田中昭氏の質問に対し、「被曝の専門家ではない」と留保しながらも、レントゲンとの比較は慎重にしなければならないと主張した。放射線を浴びることと、放射性物質が付着することは全く異なる。瞬間値ではなく、どれだけの時間浴びているかが問題である。レントゲンにはリスクがあり、やむを得ず行うものである。たとえ少ない量の放射線でも無意味に浴びることはガンなどのリスクを高めることになるとする。
医療被曝が決して安全でないことは書籍『増補新版 受ける? 受けない? エックス線 CT検査 医療被ばくのリスク』(高木学校医療被ばく問題研究グループ著、高木学校、2008年)で指摘済みである。本書の主張は明確である。医療被ばくにはリスクが伴う。たとえ一回一回は微量であっても、被ばくの障害は蓄積される。そして自覚症状のない健康な人にとって、エックス線検査を受けることで得られる利益がリスクを上回ることは証明されていないと主張する。
本書を読むと暗澹たる気持ちにさせられる。我々は健康になるために病院に行き、健康を維持するために検査を受ける。しかし、実はエックス線検査を受けることで健康を害している可能性がある。これほど馬鹿らしいことはない。
今日、エックス線を利用した検査は頻繁に行われている。それらに対しては一般に「微量だから人体に害はない」と説明される。それが科学的根拠に基づかないものであると本書は主張する。
「微量だから安全」という主張が成り立つためには、特定の値以上の放射線を浴びると有害であるが、それ以下ならば問題ないという閾値の存在が前提となる。しかし、本書では放射線の影響には閾値が存在しないことが国際的な常識であるとする(80頁)。たとえ微量であっても、全く浴びないことと比べれば、ガンになるリスクは高まる。従って検査の必要性とリスクを考量した上で、真に必要な場合にのみ限定すべきである。
私も子どもの頃にエックス線検査の安全性について質問したことがある。数ヶ月前に別の病院で検査を受けたばかりで、改めて受けることに懸念があったためである。それに対する医師の回答は「自然界に存在する放射線と同等だから問題ない」というものであった。問題ないと言いつつ、患者のみを残して扉を締め、隔離された状態で撮影することに不満があった。自然界にあるのと同等程度の線量ならば、そのように厳重に隔離して撮影することがおかしいのではないかと子ども心に思ったものである。
そもそも有害なものは少量でも、その分だけ有害と考える方が常識に適合する。一定量以上ならば有害であるが、一定量以下ならば無害という発想自体が本来は不自然である。不自然な主張が正当化されるためには、それなりの根拠が必要であるが、現実には閾値が一人歩きしている。
ここにはエックス線検査を推進したい側のニーズに適合させるための論理がある。本書が主張するとおり、「学問的な関心よりむしろ社会・経済的要素から」閾値は産み出されている(81頁)。現実に福島第一原発の事故対応のために、原発作業員の一年間に受ける放射線量の限度を現在の100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げる特例措置が採られた。
本書には医療従事者自体が医療被曝の危険性について十分な知識を有していないとの指摘もあり、問題の根は深い。医療被曝を主題とした本書であるが、それ以外にも考えさせられる内容である。本記事では二点ほど指摘する。
第一に自覚症状のない健康な人を検査することの意義である。被ばくの問題以前に、そもそも健康な人を早期発見のために何時間も検査に費やすことに意味があるのか、再検討する必要がある。本書では健康診断には軽微な変化を見つけて治療する結果を招きやすく、不必要な手術や過剰な服薬となる可能性が主張される(53頁)。
一般論としては病状が進行してからよりも、早期に治療した方が治癒の可能性が高い。それが医療費削減にも結びつくとされ、早期発見が推進されている。しかし、中には治療する必要のない問題もある。早期発見による早期治療に効果があるのか、科学的な考察を深める必要がある。
第二に行政の役割である。本書では主張の根拠に欧米諸国の行政が発表した文書を引用することが多い。国民の健康を守ることを使命とする保健衛生当局が放射能の害を研究し、警告を発することは当然である。真実の周知こそが被害予防と風評被害の防止につながる。しかし、寂しいことに日本の行政の文書は引用されていない。日本の行政は国民の健康を守る役割を果たしていないことになる。
日本の行政は消費者行政をはじめ、あらゆる分野で業者の側を向き、国民のための行政となっていないと批判されている。その行政批判が、ここでも当てはまる。医療被曝だけでも十分に重たい話題であるが、過剰な検診や行政のあり方など広く考えさせられる一冊である。
特に後者については現在進行形の問題である。日本政府は福島第1原発の半径20キロ圏内に避難、20〜30キロ圏内には屋内退避を指示した。これに対し、米国は3月16日に同原発から半径80キロ以内に住む米国人に避難勧告した。これに韓国や英国、オーストラリア、ニュージーランドも追随している。
在日米海軍司令部では17日付けに横須賀基地と厚木基地の軍人の家族や軍属などを対象に自主的な避難勧告を出した。在日フランス大使館は17日に自国民にヨード剤の配布を開始した。スイス外務省は20日に声明を発表し、東京にあるスイス大使館を一時的に大阪に移転するとした。合わせて被災地及び東京、横浜などにいるスイス国民に退避を呼びかけた。
このため、「日本政府は国民の健康第一で動いていないのではないか」と疑問視する声が出ている。被災地で救援活動を行っていたドイツの民間団体「フメディカ」の広報担当者シュテフェン・リヒター氏は「日本政府は事実を隠蔽し、過小評価している。チェルノブイリ原発事故を想起させる」と述べている。「直ちに健康に被害を及ぼすものではありません」という政府・東京電力・保安院のコメントは無責任である。「直ちに健康に影響がない」と「将来健康に影響がある」は論理的に両立する。確かに10年後に癌を発病したならば「直ちに」にはならないが、原発による健康被害である。
フリーターらが東京電力本社前で原発抗議活動
フリーターの園良太氏の呼びかけで、2011年3月20日に東京都千代田区内幸町の東京電力本店前で原子力発電に対する抗議活動が行われた。東京電力本店には福島第一原発事故の統合対策本部(本部長・菅直人首相)が設置されており、連日抗議活動が行われている。抗議の模様は動画サイト「ユーストリーム」で中継された。
最初にマイクを握った園氏は日本政府と東京電力に対し、痛烈に批判した。これまで原発は安全であると私達一人一人を欺いておきながら、事故が起きたら「国民一丸となって頑張りましょう」と言う資格はない。政府は「冷静になって下さい」と呼びかけるが、冷静になれるわけがない。放射能は確実に東京を汚染している。日本政府と東京電力が原発を止めないことが問題である。反対の声に耳を傾けてこなかった。原発事故は一人一人の人生をズタズタに切り裂いていくものであると主張した。
抗議活動に対しては、多数の警察官が配備された。13時半頃には横断歩道を渡ろうとした女性が多数の警察官によって強制的に排除される一幕もあった。抗議者達は警察の排除に抗議した。被災者への金銭的な保障や住む場所の保証をせずに節電を呼びかけ、警察を使って抗議行動を抑え込むことは許されない。「東京電力は責任をとれ」「日本政府は責任をとれ」「今すぐ原発を止めろ」などのシュプレヒコールもなされた。警察の対応には「警察は何を守っているのか」「警察官である前に人間だろう」という感想が寄せられた。
警察官に排除された女性は福島市に家族がいると話す。福島市では放射線量が10マイクロシーベルト/時になっている。その中で生活していることが大問題であるとした。その上で、「多くの市民が被曝している状況で、日本の警察官が行っていることしていることは何なのか」「他の人が普通に通っている道路を私達が通行できないことはおかしい」と問いかけた。
会場には「人・海・動物の命を奪う原発いらない」などと書かれたプラカードも複数掲示された。戦争や女性への暴力に反対するWomen in Blackの活動家は「時間は巻き戻せない 失った命は戻らない 核・原子力はいらない」と書かれたプラカードを掲示した。RCサクセション「サマータイムブルース」など反原発の曲も流された。別の抗議者は「上からの支持に唯々諾々と従うだけの無責任体制が今回の事故を引き起こした」と述べた。
浜岡原発の停止を求める集会とデモ開催=東京・港
中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の運転停止を求める市民集会とデモ「浜岡原発すぐ止めて! 4・10東京」が2011年4月10日に東京都港区の芝公園で開催され、約2500人が参加した。主催は浜岡原発すぐ止めて!実行委員会で、浜岡原発を考える静岡ネットワークら多くの団体が呼びかけ団体になっている。
芝公園では集会開始の13時前から多くの人が集まり、斉藤和義の「ずっとウソだった」やRCサクセションの「サマータイムブルース」という反原発の楽曲が演奏され、熱気を帯びていた。集会では最初に主催者からの注意事項として「今日のデモは非暴力でいきたい」と説明された。「警察官の挑発には決して乗らないで下さい」と述べた。もしデモ参加者と警察官の間でトラブルが発生した場合、携帯電話やカメラを警察官に向けて撮影するように要請した。
続いてチェルノブイリ子ども基金の向井雪子氏から趣旨説明がなされた。全ての原発停止がゴールであるが、本日のデモは危険性の高い浜岡原発を即刻停止することに集中するという。福島第一原発の放射能汚染では政府が検査して数値を管理するのではなく、市民が管理して何が安全かを確認できるようにすることが重要と述べた。
福島老朽原発を考える会(フクロウの会)の阪上武氏からは福島第一原発事故被害と浜岡原発の危険性について指摘された。福島原発周辺には未だに取り残されている人が多い。専門家は放射能汚染された野菜も洗えば放射性物質が落ちるなどの嘘デタラメを言い続けている。海への放射能汚染水放出は漁業に大打撃を与え、漁業者の脱原発の声を強めた。
浜岡原発は砂丘を津波対策の堤防としているが、津波が襲えば砂を積み上げた砂丘は簡単に壊れてしまう。中部電力は福島第一原発事故後に新たな津波対策として防波壁の設置を打ち出したが、これは現状が不十分であることを認めたからにほかならない。それならば浜岡原発は即刻停止すべきである。
浜岡原発の運転差し止め訴訟では、福島原発事故の原因となった非常用ディーゼル発電機が全て稼働しないケースの危険性が指摘されていた。これに対し、被告中部電力の証人となった原子力安全委員会の斑目春樹委員長は「可能性を挙げたら切りがない。設計には割り切りが必要」と言い放った。福島原発事故後は「割り切り方を間違えた」と答弁した。国の「安全」のお墨付きは、無責任かつ無根拠である。
浜岡原発を考える静岡ネットワークの塚本千代子氏は東海地震に浜岡原発は耐えられないと述べた。福島原発では主張したとおりの事故が起きた。これなら安全というラインは原発には存在しない。東海巨大地震は繰り返されてきた。明日にでも起こる可能性がある。震源の真上にある浜岡原発は福島原発以上に深刻である。緊急自動停止さえ失敗する恐れがある。浜岡原発で事故が起きれば関東も放射性物質で汚染される。中部電力管内は電気が余っており、原発を運転し続ける理由にはならない。
『ソフィーの世界』の翻訳者として知られる池田香代子氏と大学生の関口詩織氏が菜の花を持った「菜の花シスターズ」として登場した。池田氏は「311以降、私達の命は軽くなった」と述べる。これは若い人ほど影響を受ける不公正なものである。日本人は戦争に負けた時に民主主義を手に入れたと思ったが、エネルギー・デモクラシーは手に入れなかったという。
関口氏は高校生時代に菜の花を持って中部電力で浜岡原発を止めるよう訴え、「菜の花革命」と注目された人物である。菜の花とする理由は、セシウムやストロンチウムの吸収能力が高いためである。現実にチェルノブイリ原発事故の汚染地域で菜の花による土壌浄化プロジェクトが行われている。
関口氏は「誰かを傷つけるエネルギーはおかしい」と話す。自身も電気を使うが、原発で発電するならば電気を使う度に誰かを傷つけているかもしれない。ハートのあるエネルギーが欲しいとした。
デモは芝公園から出発し、経済産業省別館前や中部電力東京支社前、東電本社前を通り、常磐橋公園で流れ解散となった。参加者は「原発はいらない」「エネルギー政策転換を」などのプラカードを掲げ、シュプレヒコールをあげた。黄色いインド風の僧衣を着て、団扇太鼓を叩きながら南無妙法蓮華経を唱える日本山妙法寺の僧侶などユニークな参加者もいた。
原子力資料情報室が福島原発に関する緊急記者会見開催
特定非営利活動法人原子力資料情報室が2011年3月12日20時から福島原発に関する緊急記者会見を開催した。原子力発電所の設計者を含む5名から政府の発表やマスメディアの報道では触れられない福島第一、第二原子力発電所の深刻な状況について説明がなされた。
会見内容は動画サイト「ユーストリーム」でも中継された。当初は自由報道協会との共催という形で計画されたが、通信状態が悪く、自由報道協会内部のコンセンサスが得られなかったために上記の形になった。
最初の発言者は上澤千尋氏(原子力資料情報室・原子力安全問題担当)である。上澤氏は政府の発表が実態とは異なり、もっと深刻であると批判した。
第二の発言者は後藤政志氏(東芝・元原子炉格納容器設計者)である。今回は冷却用の非常用ディーゼル発電機が使用できなくなったことが原因である。非常用ディーゼル発電機は文字通り、非常用に使用するもので普段使用していないものである。普段使用していない機械を稼働させる場合は稼働に失敗しやすい。そのために非常時を想定して定期的に稼働確認をするなどの対策をすると説明した。
後藤氏は15時半頃に起きた福島第一原発の爆発が数時間後に発表されたことが信じられないと政府や東京電力の隠蔽体質を批判した。これまで後藤氏は柴田宏行というペンネームで活動したが、今回初めて実名で会見した。それだけ福島原発の問題に怒りを抱き、重大な覚悟で会見に臨んでいるという。
第三の発言者は田中三彦氏(日立バブコック・元原子力圧力容器設計者・サイエンスライター)である。よく地震時に原発が自動停止したと報道されるが、これは安全ということを意味しない。制御棒を入れて連鎖反応を止めているだけであり、熱発生は止まらないと説明した。
第四の発言者は海渡雄一・弁護士(浜岡原子力発電所運転差止弁護団)である。海渡氏が訴訟代理人になっている浜岡原発運転差止訴訟では東海地震の発生で浜岡原発が重大な事故を起こし、日本国民の生命身体に甚大な被害が発生すると主張している。地震時の電源不足による事故発生の危険性は浜岡原発所運転差止訴訟で指摘済みであると主張した。
福島県は12日の18時半頃になって避難指示を半径20キロメートル圏内に拡大したが、これを遅過ぎると海渡氏は批判した。「念のため」ではなく、当然しなければならない避難であった。この点について最後の発言者の伴英幸氏(原子力資料情報室・共同代表)は先例のない中では迅速であったと政府に理解を示した。しかし、海渡氏は炉心が冷却できなくなっていることは前日に判明している筈であり、その時点で対処すべきと反論した。
原子力資料情報室が2回目の福島原発に関する記者会見開催
特定非営利活動法人原子力資料情報室が2011年3月13日17時から2回目の福島原発に関する記者会見を開催した。今回も「ユーストリーム」などの動画サイトで中継された。
冒頭で原子力資料情報室からショッキングな放射能測定結果が報告された。ジャーナリストの広河驤齊≠轤ェ福島原発周辺の双葉町役場や双葉厚生病院で放射能を測定したところ、両地点とも1000マイクロSV(1mSv)まで測定できる放射能測定機の針が振り切れたという。
会見では首相官邸ウェブサイトに掲載されている時系列資料に基づき、主に後藤政志氏(東芝・元原子炉格納容器設計者)が技術的内容を説明し、会場からの質問に答えた。また、「柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会」の井野博満代表が、新潟県中越沖地震で被災した柏崎刈羽原発の閉鎖を求める活動について説明した。
後藤氏は福島第一原発1号機の対応が危機的なものであったと分析する。格納容器の爆発は決してオーバーなものではない。圧力が高まれば爆発するから、逃がさなければならない。格納容器には圧力を逃がすという思想は正常時にはない。放射能を封じ込めなければならないためである。しかし、格納容器の爆発という最悪の事態を避けるために放射能が多少漏れても、圧力を避けることを選択した。海水注入も冷却を優先した非常措置である。不純物の多い海水を注入した場合はプラントが使えなくなる。
福島第一原発1号機はマスメディアの報道では危機を脱したとの論調が主流であるが、後藤氏は完全に冷却が成功するまでは安心できないと主張した。新たに問題がクローズアップされた3号機についても1号機よりも厳しい状態と指摘する。全く給水できないためである。
枝野幸男官房長官は13日15時半の会見で3号機でも水素爆発の可能性を指摘したが、爆発しても原子炉本体には問題ないと説明した。これに対し、後藤氏は安全と断言できないと否定した。1号機では建屋を吹き飛ばす方向に働いたが、それは運が良かっただけである。但し、爆発自体を過度に危険視する必要はない。問題は炉心が冷やせなくなること、格納容器が損傷することの2点である。
放射能が放出されたならば手の打ちようがない。風や雨という気象条件に左右される。一部の放射性物質は水の噴射で落とすことはできるが、放射性物質にも色々あり、一部減らすことができるというレベルである。チェルノブリイではシミュレーション通り拡散しなかった。雨雲の関係で距離的に離れた場所が高濃度に汚染されるホットスポットが出現している。そのため、何キロメートル離れていれば安全という話にはならない。
福島原発で問題が発生した理由については、地震や津波など設計時に想定していた条件を超過したためとした。炉心が冷却できるかが今後のポイントであるが、冷却にもリスクがある。圧力が加わっているところに温度が急激に低下すると容器が割れる危険もある。責任論については、これまで本音で議論しなかったことが問題とする。「これ以上の地震は起きない」などのバイアスをかけた条件設定が今日の危機を招いたと主張した。
中学生アイドル・藤波心が原発を痛烈批判
中学生アイドルの藤波心がブログで痛烈に原子力発電所と原発事故報道を批判し、話題になっている。セクシー写真集を出すジュニア・アイドルと社会派的な主張のギャップが注目される。
藤波心は3月23日に公式ブログ『ここっぴーの★へそっぴー』で「批難覚悟で・・・・」と題する記事を掲載した。そこでは安全を強調するマスメディアの報道を疑問視する。個別の数値は低く、直ちに健康を害することはない量であっても、「微量とはいえ空気中の放射性物質を吸い続け、微量とはいえ、汚染された野菜を食べ続け、微量とはいえ、汚染された水を採り続ければ……影響があることくらい、バカな厨房2年の私でも分かる」と指摘した。
その上で「原発の危険性を言う人は、危険をあおっていると、世の中は叩く傾向にあるようで、これは何かおかしい流れだと思う」と述べる。藤波は3月17日付記事「出血は止まるのか…」でも「電気が足らなくなるから、原子力が必要なんだじゃなく、火力と水力だけで、やっていける生活を一人ひとりが、やればいいんです。」と原発を批判した。この記事に対し、ブログのコメント欄だけでなく、事務所にまで抗議・意見のメールが来たという。藤波は「どんだけ、原発をかばうんだよぉ。」と嘆いている。
記事にはテレビで「そのうち、『放射能を跳ね返す!! スーパー健康法』とか『放射能にも負けない!! 体質改善・げんき体力づくり』特集とかやりだすんじゃないでスカ」と芸能活動でメディアの体質を知っている人物ならではの皮肉もある。原発推進派を「少量の麻薬は能率を上げるための必要悪」と正当化する麻薬中毒者に重ねるなど比喩も鋭い。
しかも、藤波の優れたところは自分のポジションを理解した上で原発を批判していることである。「ラブ&ピース がんばろう日本!みたいなことだけ言ってた方が、アイドルとしては活動しやすいのかもしれない。」と書いている。それでも「人にどう言われようが、叩かれようが、はっきりと、自分はこう思っているんだって言うことを言いたい。」と断言する。
この記事はツイッターなどで拡散され、「反原発のジャンヌ・ダルク」などと称賛されている。「官房長官やら東大出の御用学者なんかより、アイドルのほうが的確な意見をのべている」とのツイートにソフトバンクグループ創業者の孫正義が「同意」を表明してリツイートした。『ソフィーの世界』の翻訳者として知られる池田香代子も「なんとクールな頭脳とあたたかい心」とツイートした。
孫正義が東日本大震災で100億円を寄付
ソフトバンクグループ創業者の孫正義氏が東日本大震災の義援金として100億円を寄付すると発表した。合わせて2011年度から引退するまでの報酬も寄付する。この発表は4月2日に動画サイト・ユーストリームやニコニコ生放送で生中継された「田原総一郎×孫
正義 対談
〜東日本大震災について〜」で行われた。
この番組では評論家の田原総一郎氏や原子力発電所の設計者を交え、福島第一原発事故についての深い議論がなされた。番組の冒頭ではソフトバンクの復旧への取り組みなどを説明した。被災地入りしたソフトバンクの社員からは、小学生が避難した屋上まで津波が襲ったと生々しい被害状況が語られた。孫氏は「一日も早く通信設備を復旧させたい」と述べた上で、寄付を発表した。
本題は孫氏と田原氏、原子炉圧力容器の設計技師の田中三彦氏(サイエンスライター)、格納容器の設計技師の後藤政志氏の4人により、福島第一原発事故について議論された。田中氏は福島原発4号炉の設計者であったが、反原発に変わったという。
反原発に変わった理由を田原氏に尋ねられた田中氏は「原発事故は人々の暮らしを変えてしまう」と答えた。一方、会社で設計していた頃は「事故が起きたら、どうなるかということは中々考えない」と述べた。
後藤氏は福島第一原発が「冷やす、閉じ込める」に失敗したと断言した。格納容器の本来の圧力は1気圧であり、事故後に9気圧になったのは極めて異常という。田原氏は政府や東京電力が炉心溶融を発表することが遅れたことに激しく憤っていた。
田中氏は政府のデータ隠しと判断誤りの可能性を指摘した。首相官邸は原子炉内の水位や圧力などのデータを公開しているが、地震発生から約12時間後の3月12日2時以降になっている。1号機は津波による電源喪失ではなく、地震を原因とする典型的な冷却材喪失事故の可能性が高い。それは地震直後の原子炉のデータで判断できるが、それが公開されていない。
また、公開データを分析すると、1号機の水位が低下して燃料棒が露出しそうになっているが、政府の文書などでは2号機に注目していた。判断誤りの可能性があると指摘した。その結果、1号機の水素爆発を予想できなかったという。
対談では安全を強調する政府の発表やマスメディアの報道姿勢も批判対象となった。震災に乗じたデマが問題になっているが、根拠なく安心を強調することも流言飛語という点で見解が一致した。
放射線量が低下していると報道されているが、後藤氏は楽観ムードを戒めた。放射線量が低下しても、放射性物質がなくなったり、薄まったりするわけではない。また、気象条件によって特定地域に放射線量が高いホットスポットが生じることもあるという。
前半では設計者の二人による原発の説明が中心で、孫氏は聞き役になっていた。説明が一通り終了し、田原氏の退席後は三人により産業構造や政治を含む様々な話題が取り上げられた。孫氏は原発問題についてツイッターで積極的に発言してきたが、この番組でも孫氏の原発への高い危機感が浮き彫りになった。孫氏は福島原発周辺の住民に避難を説得したというエピソードを紹介した。また、孫氏が高速増殖原型炉「もんじゅ」の炉内中継装置落下事故の影響を尋ね、設計者が二人とも沈黙してしまう場面もあった。
孫正義と田原総一郎と原発設計者が対談
ソフトバンクグループ創業者の孫正義氏と田原総一郎氏と原子力発電所設計者の対談が2011年4月2日、動画サイト・ユーストリームやニコニコ生放送で生中継された。原発設計者は田中三彦氏と後藤政志氏である。番組では安心・安全を強調する政府や東京電力、マスメディアの姿勢が批判された。
孫氏「(テレビに登場する学者からは)安心させられるような話ばかり聞かされる」
田原氏「国民の危機感を煽りたくないという意識がある。今日の放送にも反対意見があった」
田中氏「流言飛語は許せないというが、『大丈夫だ、大丈夫だ』というのも流言飛語になる」
孫氏「安全と危険の両方の可能性を吟味することが必要。それを判断するために情報を提供することが重要」
後藤氏「ドライベントをすれば大量の放射性物質が放出されるということは分かっているが、政府や東京電力の発表では予告はなく、全てが過去形になっている。これは説明責任を果たしたとは言えない」
田中氏「我々が正しいとは限らない。なぜなら情報がなさすぎるから。」
後藤氏「パニックを避ける為に安全だと言い続けて、いざ最悪な事態に陥った時こそ最悪のパニックになるのではないか」
田原氏「既に炉心は大丈夫と言って、実は炉心が溶けていた」
孫氏「リスクがグレーゾーンだったら、過剰でも一旦避難させるべき。今もガイガーカウンターを持ち歩いている。放射能は痛みも臭いもないから、危険性を認識できない点が怖い」
後藤氏「今後は原子力発電に頼ることは不可能である。子どもにマスクをさせて、放射能に気を付けろという生活をさせたくない。自分でメリットとリスクを判断して、個人でリスクを負担するならば問題ないが、原発は異なる」
田中氏「飛行機などのリスクと原子力のリスクは次元が異なる。人類全体の生存にかかわる。広島の原爆以後は人類の存続を考えなければならなくなった」
孫氏「トータルコストを考えれば原発が一番高い。今回の事故で再認識した」
後藤氏「電力は安定供給がポイントで、これまで原発が一番安定していると言われていた。しかし、柏崎原発は地震で停止したままで、福島第一原発も廃炉になる。安定供給が出来ていない」
田中氏「原発は次世代に負担をかける。原発が電力の三割を負担している問題は原発を推進してきた結果であり、その解決策を原発反対派に求めることは誤りである。原発を頑丈にして増設しようという主張が最も問題。反省がない」
孫氏「原子炉の設計者が原発に反対していることは一般の原発反対意見と異なる。私は原発容認派であった。福島原発事故で反省している。半減期が2万4千年もある放射性物質には責任が負えない。多数の人命をリスクに晒して行う事業ではない。」
田中氏「会社人は社会人ではない」
孫氏「原発村の人々は仲がいい。チェック・アンド・バランスが機能しない。経済産業省は原発を推進する側で、その下に保安院があるならば取り締まれないのではないか。原発の電気供給量は3割とされるが、これほど怖い思いをするならば3割くらいは我慢する。政府が市民の人命を守るということを真剣に考えていたか。自分の娘がいたら自主避難なんて言えるか。今は独居老人ら弱い人が残されている。人命尊重主義で意思決定しなければならない。本当の人災になってしまう」
後藤氏「自ら先頭に立たなければ、原子力に関わる資格はない」
孫氏「自主避難でいいというならば、その場所に首相官邸や保安院の事務所を移すべき」
田中氏「情報が与えられていないため、判断する自由が奪われている」
後藤氏「放射能障害は確率的な影響を及ぼすものであるため、ここまでは安全というようなことは言えない」
孫氏「言うべきことを言う人がいないと問題である。損得ではなくて、本当の事を言う人がいないのはまずい」
田中氏「我々も責任はあった」
孫氏「ここからどうするかが問題。今のこの状況になったからには、明日からどうするかを考えなければならない。原爆が落とされた国は日本だけで、複数の原子炉で事故が起きた国も日本だけである。この番組によって日本が楽観論だけでないことを世界に知ってもらうことも意味がある。停止中の原発は再開すべきはない」
田中氏「厳しい条件で再点検することは難しい。原子力村の審議会は原発を認める筋書きで動いている」
孫氏「自民党は長年原発を推進してきた。民主党は原発を推進する電力会社の労働組合が票田になっている。原発の問題は国民投票で決めないと、国民の本当の意見は表せないという気がしてきた」
田中氏と後藤氏は既に特定非営利活動法人原子力資料情報室の記者会見などで福島第一原発事故の危機的状況を訴えてきた(林田力「原子力資料情報室が福島原発に関する緊急記者会見開催」PJニュース2011年3月13日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110312_4/
今回の放送内容には従前の繰り返しになる内容も含まれていたものの、孫氏と田原氏という影響力のある人物の番組に登場することで、より多くの人が原発事故の深刻さを認識することになった。
たんぽぽ舎学習会・よくわかる原子力開催=東京・千代田
市民団体・たんぽぽ舎の3回連続学習会「よくわかる原子力」の第1回「人間の手に負えない原子力(福島事故・放射線)」が2011年5月11日、たんぽぽ舎会議室(東京都千代田区)で開催された。雨天の中でも満席となるほどの出席者で、原発問題への関心の高さを示していた。
たんぽぽ舎は脱原発と、環境破壊のない社会を目指す市民団体で、福島第一原発事故でも精力的に情報発信している。「よくわかる原子力」は物理学の高校教師であった小林公吉氏を講師とする学習会である。第2回「原子力の二つの顔(原爆と原発)」は5月19日、第3回「エネルギー1割カットで“原子力のない暮らし”」は5月26日に予定している。
小林氏は物理教師として核(原子力)についても教えてきたが、教師自身が教えるために勉強する中で「人類にとっての一大事ではないか」と考えるに至ったという。そこで原子力の問題を分かりやすく解説する書籍『原子力と人間−闇を生む光』を2005年に刊行し、これが学習会のテキストとして使われた。
学習会は現在進行中の福島第一原発事故を中心にしながらも、原子力の問題について根本的なところから解説した。冒頭では福島原発事故対応で行われたベントの重大性を指摘した。福島第一原発事故では原子炉が制御不能、見通し不明に陥った。ベントは圧力鍋の蓋をあえて開けることで、放射能が放出・拡散される。枝野幸男官房長官は「管理された状態で放出」と発表し、テレビでも平然と報道された。しかし、密閉したままでは爆発するために、止むを得ずベントしたというところが実態である。国民を欺く発表であったとする。
続いて放射線の有害性について説明した。放射線は細胞機能に障害をもたらす。細胞分裂が活発に行われる若い人ほど影響を受けやすい。どれほど弱い放射線でも、その強さに応じた割合で突然変異は起きる。従って、これ以下は安全という「しきい値」は存在しないとした。
この学習会では分かりやすい説明を特徴としているが、それは用語の使い方にも表れている。小林氏は放射能を放射性物質と同義で用いている。放射能は厳密には放射線を出す性質・現象であって、放射性物質とは異なる。しかし、放射能という言葉は広く一般に受け入れられている。あるモノが「放射性物質で汚染された」とするよりも「放射能で汚染された」の方が問題性を明確に伝えられる。学術的には厳密でも無味乾燥とした用語よりも現実を伝える生きた言葉を選択した。最後に原子力は手におえないものであり、真の安全とは原発を止めることとまとめた。
質疑応答は放射能汚染に対する強い不安を反映したものになった。たとえば被曝した人間が放射性物質になるのか、その場合は被曝した作業員と一緒にいる家族も危ないのかとの質問がなされた。これに対し、小林氏は重度の被曝で人間も放射性物質化する可能性を肯定したが、その場合は当人が最初にダメージを受けると回答した。他人にだけ放射線を与えて自分はピンピンという訳にはいかないと説明して質問者を安心させた。
原発避難者への差別も行われている中で、安全・安心・影響ないと呪文のように唱えるのではなく、放射能の危険を踏まえた上での説明こそが不安を払拭させる好例である。
日本の生き残る道は脱原発
福島第一原発事故によって日本は岐路に立っている。福島原発事故はチェルノブイリ事故と同じレベル7になった。原子炉が爆発したチェルノブイリ事故と同視することに否定的な意見も少なくないが、以下の観点ではチェルノブイリよりも深刻である。
第一に福島第一原発事故は未だに収束させられていない。東京電力の工程表では収束まで9か月も要するとするが、それも楽観的であると批判されている。特に1号機の全炉心溶融(メルトダウン)の判明によって計画の遅延は確実と指摘されている。
ソ連がチェルノブイリ事故収束で採った人海戦術が望ましいと主張するつもりはない。しかし、福島原発事故が従前の原発事故と比べて収束までに長時間を要することは確実である。福島原発事故は解決までに長期化した原発事故として記憶に残ることになる。
第二に福島原発事故では複数の原子炉で並行的に問題が発生した。また、使用済み核燃料プールでも問題が起きた。複合的な事故という点で深刻である。
これらの観点から福島第一原発事故は世界最悪の原発事故と記憶されることになろう。日本人が福島という言葉から原発事故を連想するように、世界の人々は日本という言葉から原発事故を連想する。このイメージは長期間消えることはないであろう。
これは日本にとって深刻な打撃である。日本人や日本の物品全てが放射能で汚染されているように受け止められる。その結果、日本の輸出産業は立ち行かなくなる。海外から多くの資源を輸入しなければ成り立たない日本にとって輸出産業の打撃は生存に結び付く。
さらに重要な問題は国際的に見れば日本は放射能汚染の加害国家となっていることである。福島第一原発事故による放射能汚染の広がりは、原発事故が日本一国の問題ではないことを再確認させた。悪意を持って解釈すれば、汚染水の海洋への放出などの日本の行為は宣戦布告なき核攻撃、核による自爆テロになる。日本は放射能汚染の犯罪国家・迷惑国家として世界から糾弾を受ける可能性がある。
このような危機的な状況の中で日本が生き残るシナリオは、率先して原子力発電所を廃止し、脱原発で世界をリードする道である。福島原発事故は第二の敗戦にたとえられるが、これは第一の敗戦の教訓を活かす道である。日本は侵略戦争を続けて戦争犯罪国家となった。戦後もドイツと比べれば過去の反省や決別が不十分である。そのような日本が国際社会で道義的な優位性を主張できる点があるとすれば、日本国憲法の定めた戦争放棄である。
現在においても国際社会では正しい戦争と悪い戦争があるという価値観が幅を利かせている。その価値観に照らせば日本が行った十五年戦争は悪い戦争であった。それ故に日本は非難される。
これに対し、日本国憲法は正しい戦争、悪い戦争という考え方を採らず、戦争そのものを否定する価値観に立脚している。戦争そのものを悪とすることは戦争犯罪国家・日本の責任を軽減する。憎むべきは悪しき戦争を起こした国ではなく、戦争そのものになるからである。この点は戦争犯罪・戦争責任の追及が徹底されなかったというマイナス面があるものの、対外的な日本の道義的立場を強めることになった。
これは原発も同じである。正しい原発と悪い原発に区分されるならば、福島原発は明らかに悪い原発に属する。以下に理由を述べる。
まず地震大国・日本に原発を建設することが常軌を逸している。米国の原発は地震が少ない東部や中部が中心である。原発大国のフランスも地震は少ない。
次に津波による原子炉の冷却機能喪失は予見されていた問題である。日本共産党の吉井英勝衆議院議員は2005年以来、地震や津波などによる全電源喪失が原子炉の冷却機能を破壊し炉心溶融を招くと質問主意書や国会質問で主張してきた。日本共産党福島県議団も2007年に冷却水取水問題への抜本的対策を求めていた(東京電力宛て「福島原発10基の耐震安全性の総点検等を求める申し入れ」2007年7月24日)。また、経済産業省所管の原子力安全基盤機構でも2007年度から津波による原発炉心損傷の危険性を報告書で発表している。
想定できる事故を防げなかった日本の責任は重大である。諸外国からバッシングされ、国際社会の鼻つまみ者になっても不思議ではない。そこで脱原発を徹底し、原発そのものを悪と位置付けることが日本を救う道になる。原発事故を起こした国というマイナスイメージから脱却するために、脱原発を徹底すべきである。
福島第一原発5号機の海水ポンプが故障
福島第一原子力発電所5号機の海水注入ポンプが2011年5月28日に故障し、原子炉の温度が100度近くまで上昇した。翌29日昼過ぎに予備のポンプに交換されたが、翌朝になって発表した東京電力の報道姿勢に対し、報道陣からは疑問の声が出た。
ポンプの故障は5月29日11時から東京都千代田区内幸町の東京電力本店で開催された定例記者会見で、松本純一・東京電力本部長代理が説明した。5号機では仮設残留熱除去海水注入ポンプを取水口に設置し、一つのポンプで原子炉と使用済み燃料プールを12時間交代で冷却している。
燃料プールから原子炉の冷却に切り替えるタイミングの28日21時頃に故障を確認した。これは故障を確認した時刻で、実際に故障した時刻は不明である。故障原因はモーターの絶縁不良と推測される。冷却機能喪失により原子炉の水温は約60度から29日6時時点で約85度、正午頃には95度近くにまで上昇した。東京電力では29日8時頃から予備ポンプへの交換作業を開始した。作業時間は3時間と予定していたが、少し遅れて昼過ぎに終了した。
記者会見では前日9時に検知されたポンプ故障が翌日になって発表されたことに厳しい意見が寄せられた。これに対し、松本純一・東京電力本部長代理は、水温は把握できている上に代替注水機能も確保されているため、直ちに危険な状況ではなかったと説明した。松本氏自身は28日の22時または23時には故障の連絡を受けていたが、予備ポンプ交換作業の見通しが立っていたため、深夜のプレス発表は行わなかったとする。
今回のポンプ故障は代替注水機能が確保されていることから、原子力災害対策特別措置法の通報対象ではないが、保安院には報告したとする。これに対しては報道陣にも早目に発表すべきとの声が寄せられた。現状では見通しが立っていたとしても、状況の変化によって深刻な事態に陥る可能性も否定できない。これを受けて松本市も早めに公開した方が望ましかったと述べた。
また、ポンプの故障が切り替えのタイミングで初めて検知されたことについて、監視体制として十分か疑問視された。今回は使用済み燃料プールの冷却中に故障したために検知が遅れたとする。使用済み燃料プールは冷却できていなくても急激に水温が上昇するものではないためである。
これに対して原子炉の冷却中であったならば、ポンプの故障によって水温が上昇するために異常を検知できた可能性がある。それでもポンプの稼働状況は中央制御室では監視できず、現場に行かなければ故障を確認できない。この点は改善の余地があると松本氏は認めた。
この日の記者会見ではポンプ故障以外にも質疑応答によって以下の点が明らかになった。
原発施設の開口部に対する風雨の対策は、津波などで開けっ放しになった扉などはシートで覆っている。しかし、穴の開いた屋根は未対応である。
集中廃棄物処理施設周辺のサブドレン水核種分析結果では5月14日にセシウムの濃度が急上昇している。これに対し、直ちに漏洩とは判断できず、様子を見る必要があるとした。急上昇の原因としては放射能で汚染されたガレキが落ちた可能性もある。
作業員の衣類などは低レベルの放射性廃棄物になるが、燃えるものは燃やして灰をドラム缶に保管するとした。燃焼させることで廃棄物の量を減らせるとする。
2号機の代替冷却浄化系工事は予定通り終了すると考えている。これは5月22日の会見で5月末までに完成する計画と説明されていた(林田力「東京電力会見で燃料プール冷却の見通し説明=東京・千代田」PJニュース2011年5月24日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110522_2
福島第一原発では2000人体制で作業を行っている。個々の工事についての人工(にんく)は発表しない。
暴力団などの反社会的勢力が原発作業員を調達しているとの指摘がある。それを明らかにするために下請け企業名などを公表すべきではないかとの質問もなされた。これに対して松本氏は個人情報であることと、元請け企業と下請け企業の契約の問題であることから開示を拒否した。
死亡した作業員については個人情報保護法上、死者には個人情報がないと指摘したが、東京電力は死者の個人情報を保護するとした。また、反社会的勢力が下請け企業として使われていた場合について、元請け企業に要請するにとどめた。基本的に元請け企業と下請け企業の問題であり、「特定の企業を使うな」ということはしないと回答した。
福島第一原発作業員の被曝への無責任
福島第一原発事故の深刻さが明らかになるにつれ、事故対応の作業員の被爆の問題も大きくなる。チェルノブイリ原発事故では多数のリクビダートルを生み出したが、福島原発事故ではチェルノブイリ以上に無責任となる危険がある。
作業員の健康は事業主体である電力会社に大きな責任があるが、十分に果たされていない。東京電力の武藤栄副社長は2011年5月20日の参議院予算委員会で、5月16日時点の作業員7400人中、測定した人数は1400人、被曝量が判明した人数は40人程度と答弁した。これは日本共産党の田村智子議員の質問に対する答弁である。
日本の問題は原発事業の重層構造にある。原子力発電は国策として進められてきた。しかし、原子力発電所の建設や運営は電力会社が自らの事業として実施している。ところが、実際の原発の運営の多くは協力会社が担っている。しかも協力会社には七次請けまで存在する例もあるという。作業員には臨時雇いも少なくない。大阪市西成区で宮城県内での運転手の求人に応募した男性が福島第一原発で働かされた事例もある。
この重層構造は責任逃れの温床になる上、正確な実態の把握すら妨げてしまう。この点で日本はソビエト連邦以下であることを自覚する必要がある。現実に東京電力は下請け企業の開示を拒んでいる(林田力「福島第一原発5号機の海水ポンプが故障」PJニュースPJニュース2011年5月30日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110530_1
このため、労災問題に詳しい斎藤洋太郎・軽度外傷性脳損傷友の会事務局長は「厚生労働省は、下請企業・孫請企業の名称、所属労働者をすべて把握し、将来確実に発症する職業がんの被災者に補償すべき」と主張する。
電力会社は作業員の健康管理を十分にしていないだけでなく、被曝によって健康を害した作業員の救済にも消極的である。原発作業員が被曝で健康を害した場合、まず労災保険から給付を受けることができる。
労災では被曝した原発作業員の認定基準や認定例が積み重ねられてきた。年間5ミリシーベルト以上放射線を浴びた原発作業員が白血病を発症した場合、労災として認定される。ここからは政府の原子力災害対策本部が福島県内の学校の安全基準を年間20ミリシーベルトとしたことの異常性が浮かび上がる。
また、多発性骨髄腫や悪性リンパ腫を発症した原発作業員の労災認定事例もある。厚生労働省「多発性骨髄腫と放射線被ばくとの因果関係について」では世界各国の疫学調査から50ミリシーベルト以上被曝した原発作業員と多発性骨髄腫の有意な関係を結論付けた。この調査では40-45歳以上の年齢での被曝が多発性骨髄腫の発生により大きく寄与しているとも述べている。この点で巷間言われている「若くなければ被曝しても問題ない」は正しくない。
このように労災では一定の救済がなされているが、労災だけでは救済として不十分である。労災保険は民事上の損害の全てをカバーするものではないためである。たとえば慰謝料は対象外である。労災でカバーされない分は原子力損害賠償法(原賠法)に基づき、損害賠償を請求できる。原賠法では原子力事故の重大性を踏まえ、事業者に無過失・無限の賠償責任を負わせている。これによって被害者救済を実効的なものにしようとしている。
ところが、電力会社は被曝者の傷病と被曝に因果関係がないと争い、損害賠償責任を認めようとしない傾向がある。現実に被曝して労災認定を受けた原発労働者の長尾光明氏が損害賠償請求を求めて提訴した訴訟で、被告の東京電力は因果関係を争った。前述の斎藤氏は「厚生労働省が認めるレベルは東京電力も認めるべき」と主張する。
福島第一原発事故メルトダウン発表遅れの問題性
福島第一原発事故で東京電力は2011年5月24日、2号機と3号機で核燃料が溶け落ちるメルトダウンが起きていたと発表した。1号機でも東日本大震災翌日の3月12日に福島第一原発1号機でメルトダウンが起きていたと認めている。共に2か月経過後の発表であり、情報公開姿勢が問われている。
1号機のメルトダウンについて菅直人首相は5月20日の参院予算委員会で「国民に言った内容が根本的に違っていた。政府が隠したことはないが、東電の推測の間違いに政府が対応できず、大変申し訳ない」と陳謝した。2号機と3号機のメルトダウンでも、細野豪志首相補佐官は5月24日の記者会見で、「政府の事故に対する見込みの甘さがあったと反省している」と述べた。
メルトダウンの発表遅れが故意による情報隠しか、分析の誤りかは議論がある。故意にしても誤りにしても問題である。故意ならば悪質であることは言うまでもない。誤りであるならば事態を正確に把握する能力に欠けていることになる。原子力発電所を扱う資格はないという結論になる。
しかも、この誤りには単にメルトダウンの発表が遅れたという以上の悪質さがある。従前はメルトダウンを明確に否定し、事故を過小評価して安全性を強調していたためである。メルトダウンの可能性を指摘する研究者もいたが、全く耳を傾けなかった。正しい根拠に基づかずに声高に安全性を強調した点は、故意の情報隠しに限りなく近い。
問題は発表遅れで政府が利益を得ていることである。震災翌週の3月14日の週は首都圏でも放射線量が高まるなど原発事故への不安が高まっていた。放射線量が高まった3月15日の日経平均株価終値は8605円で、震災後最大の落ち込みになった。このタイミングでメルトダウンを発表していたなら、社会に事態の深刻さを認識させることができたであろう。
当時に比べると5月は日本社会の危機意識が乏しくなっている。日経平均株価も9千円台後半にまで回復している。原発事故が収束しておらず、放射性物質の排出を封じ込められていないため、依然として深刻な事態には変わりない。しかし、社会の大半は事故報道慣れで感覚が鈍化している。
もし国民に正確な情報を迅速に提供することよりも、パニックを起こさず、批判の声を大きくしないことを優先させるならば、絶好のタイミングでメルトダウンが発表されたことになる。発表遅れが故意としても誤りとしても、「この時期に発表して結果オーライ」と笑っているかもしれない。
このような発表遅れに対し、ペナルティーを与えられないことが大きな問題である。少なくとも当初は「メルトダウンは起きていない」と事実の反する発表をしたこと、それを2か月後になって訂正したという事実を記憶し、記録することがジャーナリズムの務めである。
福島第一原発事故の精神的苦痛で東京電力を提訴
福島第一原発事故をめぐって、東京都内の男性が東京電力に10万円の慰謝料を求める訴訟を2011年3月28日付で東京簡裁に提起したと報道された。事故発生時や事故後に正確な情報が公開されず、不安や恐怖によって精神的苦痛を受けたと主張する。福島第一原発事故への不安と恐怖が日本中、さらには世界中に広がる中で注目される訴訟である。
この訴訟は興味深い論点を提供する。
第一に福島原発事故に対する東京電力の責任である。男性は訴状で「事故が起こらないように十分な対策を講じるべきであった」と主張する。これに対する東京電力の論理は、東日本大震災の地震や津波は人の想像を超えた想定外のものとなる。
この問題については既に回答が出ている。福島原発事故は予見されており、対策が求められていた。しかし、警告は無視された。市民的常識では予見可能であり、対策が取られるべき事故となる(林田力「日本の生き残る道は脱原発」PJニュース2011年5月19日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110519_1
但し、問題は市民常識が司法の常識と一致するかという点である。裁判所の姿勢が問われることになる。事故時の影響が甚大な原子力発電所では、それに応じて注意義務も高くすることが素朴な市民感覚に合致する。それでは原発が事業として成り立たないならば、そのような危険な事業を行うべきではない。
第二に原発事故と精神的苦痛の因果関係である。残念なことに日本では精神的苦痛を軽視する傾向にある。苦しい立場にあり、頑張らなくていい人に明るく前向きに頑張らせることを美徳する愚かしい傾向がある(「麻生太郎的特殊日本的精神論の問題性」PJニュース2011年4月4日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110403_2/
かつて中曽根康弘首相(当時)は広島原爆病院を訪問した際、白血病で苦しむ被爆者に「病は気から」と放言した。これは一政治家の失言にとどまらない。福島第一原発事故でも文部科学省は「放射能のことを必要以上に心配しすぎてしまうと、かえって心身の不調を起こします」と述べている(「放射能を正しく理解するために」2011年4月20日)。
この「放射能を正しく理解するために」ではPTSD(心的外傷後ストレス障害)について解説した後に上述の「放射能のことを必要以上に」の文章を続けている。このため、「放射能を心配し過ぎるとPTSDになる」という誤った印象を与えてしまうと精神科医の胡桃澤伸氏は批判する。PTSDは過去の心的外傷が原因で発症するもので、現在進行形の原発事故で生じるものではないためである。胡桃澤氏は以下のように告発する。
「この文章は加害者である国が、被害者の口を封じ、あたかも被害の責任が被害者側にあるかのような論述を組み立てています。これは、レイプでも幼児虐待でも加害者側がよくやるやり方です。」
放射能汚染による心理的被害は米国でも真剣に分析されている。放射性物質入りの爆発物(ダーティボム)を使用したテロがワシントンDCのホワイトハウス周辺で行われた場合、5千人から2万人が心理的な衝撃からメンタルヘルスを受けるとされる(Ira Helfand, Andrew Kanter, Michael McCally, Kimberly Roberts, Jaya Tiwari, The U.S. and Nuclear Terrorism, 2006.)。核テロも原発事故も放射能汚染被害の点では同等である。
そして精神的苦痛というアプローチは裁判でも有用である。米国の法廷小説『訴訟』では有害な化学物質を投棄して住民の健康を害した化学会社を追及する論理として「癌恐怖症理論」が案出された(ジョン・マーテル著、岩原明子訳『訴訟 上巻』早川書房、1994年、45頁)。この種の訴訟では因果関係の立証が課題である。住民が化学物質に汚染されたことは確かであるが、それによって病気になって命を縮めることの因果関係の立証は容易ではない。
そこで化学物質に汚染されれば様々な病気にかかる危険が増すという統計的な事実から、住民が恐怖を抱くことが当然との結論を導き出す。これを癌恐怖症と名付け、精神的苦痛に対して多額の賠償金を支払うべきと構成する。悪性疾患への変異はないかを調べる定期的な医学検査の費用も負担すべきとする。
これは放射能汚染に応用できる。福島第一原発事故で問題になっているレベルの放射能汚染は「直ちに健康に影響を及ぼすものではない」としても、統計的に癌などの重大な疾患の発生確率を高めるものである。しかし、微量の被曝者が癌になったとしても、癌の発症と放射能汚染の因果関係を立証できなければ、現状の司法では救済は難しい。日本政府や東京電力の逃げ得になってしまう。上記の「癌恐怖症理論」は一つのアプローチになる。
放射能汚染と共存する日本の恐怖のシナリオ
福島第一原発事故で日本は大きな岐路に立っている。原発事故は未だに収束させられておらず、放射能汚染は世界中に広がっている。放射能汚染・排出国の汚名を負った日本の生き残る道は脱原発の徹底である(林田力「日本の生き残る道は脱原発」PJニュース2011年5月19日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110519_1
しかし、現在のところ、正反対のシナリオの方が現実化する可能性が高い。それは放射能汚染と共存する道である。日本は確実に放射能で汚染されている。放射能汚染の怖いところは、一過性のものではなく、累積的である点である。大気中の放射線量が低下したとしても、土壌に蓄積している可能性がある(林田力「福島第一原発事故の被曝と医療被曝の比較はナンセンス」PJニュース2011年3月22日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110319_2/
現実に近畿大学の山崎秀夫教授(環境解析学)の調査では、東京都の土壌で放射性セシウムの濃度が1キロ当たり3千ベクレルを超え、福島第一原発により近い茨城県より高い地点があることが判明している。しかし、東京都では公式には土壌調査をしていない。
福島第一原発事故は深刻なままであるが、長期化によって日本人は鈍感になってしまった。それどころか多くの日本人は放射能汚染を生活の中に受け入れつつある。新聞では日々の放射線量が掲載されている。福島県では放射線量を気にしながらの校庭利用や、防護服を着ての一時帰宅など生活を放射能汚染と折り合わせている。
日本でも反原発デモが広がり、政府が浜岡原発の停止を要請するなど新たな動きもみられるが、世界の動きに比べると緩慢である。ステレオタイプな評価をすれば、日本人は問題が生じた際に問題の根本を追求するよりも、既に起きたことを前提とし、それに適応することに努力する悪癖がある。この性質が福島原発事故対応でも当てはまる。
しかし、放射能汚染と共存という選択肢は文明国では受け入れられない。放射能汚染に断固とした対応をしなければ、日本人も日本の物品も世界から拒絶される。これは輸出に依存する日本経済を衰退させ、日本は経済大国から転落する。
放射能汚染によって日本産の農林水産物だけでなく、工業製品も避けられている。観光産業もダメージを受けた。日本政府の統計によると2011年3月の訪日外国人観光数は前年同月比50.3%減、4月に62.5%減となった。海外では日本人がタクシーに乗車拒否される話なども生じている。
それ故にこそ日本は脱原発で旗幟を鮮明にすべきと考えるが、このままでは放射能汚染を逆手にとって日本列島を核の墓場とする恐怖のシナリオが現実味を帯びる。これはブログ「反戦な家づくり」で国際的な陰謀として推測されたものである。以下のように指摘する。
「大量の日本人労働者を投入して、とりあえず高濃度の放射線を封じ込めたら、その地域は核の墓場として、捨て放題の場所にする。事故った原子炉の近くに深い穴を掘らせ、世界中で処理に困った核廃棄物を捨てる。」(「原発推進の正体は「日本列島を核の墓場にする計画」だったのではないか」2011年4月1日)
原子力は放射性廃棄物を処理できない点で未完成の技術である。「トイレのないマンション」の比喩が示すとおりである。原子力技術を扱う場合、放射性廃棄物の保管が大問題である。福島原発事故では行き場のない使用済み核燃料が多数貯蔵されていたことが被害を拡大させている。
放射性廃棄物の保管場所は原子力を扱う国々の共通の悩みである。福島原発事故の終息後も周囲は長期間、放射能で汚染され続ける。原子力産業ならば汚染された福島原発周辺を新たな放射性廃棄物の保管場所にする計画を考えかねない。既に汚染されている場所ならば被害も少ないという発想である。現実に日本原子力学会では放射能に汚染されたガレキなどを福島第一原発の敷地内に中間貯蔵する施設を建設する案が検討されている。
放射能汚染と共存して輸出産業が衰退した日本は、生計を立てるためには放射性廃棄物を受け入れざるを得なくなる可能性もある。このシナリオを避けるためにも脱原発が求められる。
東京電力会見で燃料プール冷却の見通し説明=東京・千代田
福島第一原子力発電所事故に対する東京電力の記者会見が2011年5月22日11時から東京都千代田区内幸町の東京電力本店で開催された。原発事故で定例となった記者会見である。ここでは使用済み燃料プールの冷却方法の見通しなどを説明した。
会見では松本純一・原子力・立地本部長代理が説明した。21日に発生した問題として1号機の窒素供給装置の故障が報告された。異常停止は15時40分頃に検知した。実際に停止した時刻は14時頃と分析している。故障後はバックアップ機が稼働している。窒素注入停止は直ちに安全性に影響を与えるものではない。
今後の方針として2号機の使用済み燃料プールを冷却する代替冷却浄化系の設置について説明された。これは5月21日に保安院に提出した報告内容に基づくものである。この代替冷却浄化系は使用済み燃料プール水を、熱交換機を介して循環させる系(一次系)と一次系の熱を、冷却塔を介して大気へ放熱する系(二次系)から構成される。冷却塔は屋外に新設される。
代替冷却浄化系は5月末までに運用を開始する計画である。現在の使用済み燃料プールの水温は約80度と評価している。代替冷却浄化系の運用によって、運用開始から約1.5日で約65度になり、1か月程度経過時点で約41度になる見込みとする。
使用済み燃料プールは65度以下にすることが設計条件である。通常は30度程度で、41度でも湯気が出る。2号機以外の原子炉でも使用済み燃料プールの上昇という問題を抱えているが、同じような仕組みを検討している。炉心を冷却する仕組みも構造的には同じである。
福島第一原発の状況としては、ガンマカメラで撮影した写真を提示した。1号機の原子炉建屋内を5月20日撮影したもので、2枚の写真が提供された。1枚目は南側の二重扉に向けて撮影した写真である。2枚目は大物撮影口付近を撮影した写真である。共に写真中央部に放射線量が高い場所がある。
空気中の放射線量が高いならば全面的に高くなる筈である。特定箇所だけ高くなっているため、配管やダクトに高線量の水やダストが溜まっていると推測している。ガンマカメラの撮影で判明した放射線量の単位はcps(放射線カウント数/秒)で、シーベルトとの換算はできない。
高線量箇所の具体的な特定は今後の作業になるが、1枚目はダクトと推測される。2枚目は階段のように見えるが、水素爆発で崩れた箇所であり、上から落ちてきたものの可能性もある。
質疑応答では、4号機から白煙が出ているとの情報の真偽について質問された。これは燃料プールの湯気であろうとの回答であった。
また、代替冷却浄化系など対策工事の人工(にんく)や単価も質問された。これは元請け企業が管理しており、把握していないとの回答であった。質問者からは発注者として把握している情報と不満の声が出た。これらの情報がなければ工事の規模感、ひいては実現可能性を判断できないためである。
被曝による健康悪化に対する東京電力の姿勢も質問された。厚生労働省は被爆による傷病を労災と認定する基準を出している。東京電力も厚生労働省の認定基準を受け入れるか問われたが、因果関係を調べて判断するとし、正面からの回答を避けた。
福島原発会見で枝野幸男官房長官に注目
未曽有の危機的状況に陥った福島原発への対応で、枝野幸男官房長官への注目が集まっている。首相官邸の顔として会見をこなしている枝野長官にインターネット掲示板では「枝野総理でもいい」の声まで出ている。
枝野長官は2011年3月12日17時45分頃、20時50分頃、13日8時頃、11時頃と立て続けに記者会見をこなしている。福島第一原発で爆発が報道された後の17時45分頃の会見では歯切れが悪かった。爆発についても「爆発的事象」との表現にとどめていた。しかし、次の20時50分頃では爆発による崩壊は建屋上部の天井と壁で、原子炉格納容器への損傷はないと力強く説明した。
原子炉についての技術的な説明が分かり易いと評価する視聴者も多い。本人のプロフィールによると、中学・高校で合唱団に所属し、全国コンクールでの優勝経験もあるという。そのためか枝野長官の声は聴き取りやすいと評価する。また、十分な睡眠をとっていないであろう状態でありながら会見に応じる枝野長官を称え、健康を気遣う声も出ている。
枝野長官への好感は菅直人首相への不満の裏返しである。菅首相は3月12日朝に被災地や原発をヘリコプターで視察し、存在感を発揮した。ところが、福島第一原発の爆発という異常事態判明後は枝野長官が表に立ち、存在が霞んでしまった。12日夜には「国民へのメッセージ」を発表したが、大震災に対する総括的なもので、時々刻々と変化する福島原発の説明としては物足りない内容であった。
存在感がないどころか、菅首相の現地視察をパフォーマンスと切り捨てる意見も出ている。首相が現地視察すれば、現場の人間は対応しなければならなくなる。警備の必要から現場の作業も制約を受ける。そのために現場の対応が遅れてしまったと批判する。この点について枝野長官は視察による作業の遅れはなく、「対応に万全を期すために、必要なことだった」と説明したが、ネット上では依然として不満が燻っている。
このように枝野長官への評価は菅直人と比較した相対的なものであり、脆弱なものである。避難中の民間人に被曝者が出たなどの結果の重大性は明白であり、政府の責任追及は免れない。実際、原子力資料情報室の12日の緊急会見では安全性を過度に強調する政府の広報姿勢が批判された(林田力「原子力資料情報室が福島原発に関する緊急記者会見開催」PJニュース2011年3月13日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110312_4
野党各党からも政府の情報発信が不正確・不透明であると批判の声が上がっている。また、オーストラリアのケビン・ラッド外相が日本政府に迅速な説明を求めるなど説明不足は国際的な問題にもなっている。立て続けに記者会見を行った枝野長官が菅直人以上に注目されたことは事実だが、それが政治家としての評価につながるかは未知数である。
東日本大震災のチェーンメールと関東大震災の流言飛語
総務省は2011年3月13日にチェーンメールへの注意喚起を呼びかけた。災害時の混乱を利用した流言飛語に警戒することは正しいが、同時に不都合な事実を隠す政府や企業の情報統制にも注意する必要がある。
総務省の「東北地方太平洋沖地震に関するチェーンメール等にご注意ください。」と題する文書では「地震に関連して、チェーンメール、電子掲示板、ミニブログ等で誤った情報が流れています。」とし、「報道や行政機関のウェブサイト等の信頼できる情報源で真偽を確かめ、これらのチェーンメール等に惑わされないようにしましょう。」と述べる。
関東大震災では「朝鮮人が井戸に毒を投げた」などの事実無根のデマが流され、多数の朝鮮人が軍隊や警察、住民が組織した自警団などによって虐殺された。この歴史を踏まえれば無責任なデマを警戒することは正しい。しかし、関東大震災の朝鮮人虐殺は混乱した群衆の自然発生的な暴挙ではなく、官憲の意図、少なくとも容認があったとの見解が主流である。
内務省警保局長は震災後の1923年9月3日に「東京附近の震災を利用し、朝鮮人は各地に放火し、不逞の目的を遂行せん」と各地に打電している。日本政府が率先してデマを流布していたことが実態である。関東大震災の朝鮮人虐殺という不幸な歴史から正しい教訓を導き出すならば「政府の情報宣伝に注意せよ」ということになる。
無責任なチェーンメールとしてマスメディアが槍玉に挙げたものはコスモ石油千葉製油所の炎上についてのものである。チェーンメールでは「千葉の製油所、製鉄所の火災の影響で、千葉・首都圏では化学薬品の含まれた雨が降ることが予想されます。傘やレインコートの使用をお願いします」などの内容が書かれている。
これに対し、コスモ石油では12日付で「千葉製油所関連のメールにご注意ください」と題する文書を掲載し、「このような事実はありません」と否定した。そこでは以下のように説明する。
「タンクに貯蔵されていたのは『LPガス』であり、燃焼により発生した大気が人体へ及ぼす影響は非常に少ないと考えております。」
コスモ石油の発表を受け、マスメディア各社は「有害物質の雨」をデマ情報として大々的に報道した。しかし、その後も同種のメールは出回っている。記者は、千葉のコスモ石油で働いている方から3月12日18時に警告を受けたというメールを受け取った。3月12日18時となると、デマ情報と報道された後であり、新たに確認された情報と考える人も出るだろう。
チェーンメールはコスモ石油の従業員の話とされているものも多く、それが騙りであるならば、コスモ石油が迅速に否定したことは適切である。一方で政府やマスメディアがデマ情報として過度に敵視することは疑問である。
コスモ石油の発表では「人体へ及ぼす影響は非常に少ない」としており、皆無ではないことになる。仮にLPガスの燃焼で発生する成分が無害であるとしても、それらの成分が大気中に漂う他の成分と化学反応して有害な物質にならないとは誰も保証できない。現実に酸性雨という問題が起きている。雨に注意して、雨に触れないようにすることは酸性雨対策でも主張されている。チェーンメールがコスモ石油などを騙っているならば、その限りでは悪質であるが、内容は誰に迷惑をかけものではない。この点で「朝鮮人が井戸に毒を投げた」のデマとは決定的に異なる。
政府が誠実に危険情報を開示しているかは批判されているところであるが、政府には危険が確認されて初めて危険と発表するという限界がある。それ故に政府が危険としていないということは、危険ではないことを意味しない。各人が自己責任の範囲で予防策を講じることは非難されるべきことでもないし、それを他人に推奨することも否定されることではない。
いしだ壱成が反原発運動弾圧体験をブログで告白
俳優・ミュージシャンのいしだ壱成が自身の公式ブログ「Arrivals」で3月4日に「今だからみんなで考えたいこと。」と題する記事を発表し、脱原発を訴えた。そこでは自身が参加した反原発運動の弾圧体験を生々しく語っている。
http://ameblo.jp/isseiishida/entry-10819818986.html
ブログ記事では最初に中国電力が進める上関原子力発電所に対する建設反対運動に触れる。上関原子力発電所は山口県上関町の田ノ浦を埋め立てて建設する計画である。田ノ浦は国立公園に指定され、希少な生物が多く生息しており、埋め立ては貴重な生態系を破壊する。また、周辺海域の漁業も打撃を受け、特に対岸に住む祝島住民の影響は甚大である。そのため、祝島の島民や全国から集まった支援者が体を張って反対し、建設を強行しようとする中国電力側との緊張が続いている。壱成はインターネットで情報をチェックし、反対派に「心からのエールを送り、ただただ祈った」という。
それから記事は自身が1980年代の伊方原発の出力調整運転試験反対運動に参加した時の弾圧体験を告白する。電力は使用者側の都合によって使用量(負荷)が大きく変動する。たとえば日中と夜間では使用量が異なる。そのため、発電所が負荷に合わせて電気出力を調整しなければならないという宿命を負っている。
火力発電所や水力発電所は人為的に出力を調整することは容易である。しかし、原子力発電所の出力は原則として一定としている。出力を変動させると、予期せぬ損壊や放射性物質の漏えいが懸念されるためである。1986年のチェルノブイリ原発事故の原因も出力調整運転試験であった。
そのチェルノブイリ原発事故のすぐ後に、四国電力は愛媛県伊方町の伊方原発で出力調整運転試験を行うと発表した。これには強い反対運動が起きた。子どもだった壱成も母と一緒に四国電力本社前に行き、座り込みを続けたという。そこに機動隊が介入し、壱成を含む参加者達は機動隊員に蹴られ、踏みつけられた。その時の恐怖を壱成は以下のように述べている。
「自分たちにとって邪魔な存在であれば、その子供でも、あんなに狂気じみた笑みを浮かべて殴りまくっていいという法律があるのかと思った。」
ブログ記事は「一人でも多くの脱原子力の同意を得られたら、嬉しく思う。」と結んでいる。
放射能・化学物質汚染に個人レベルでできる対策
3月11日の東北地方太平洋沖地震は気象庁の発表によれば、マグニチュード9.0の巨大地震であり、宮城県栗原市で震度7を観測した。特に東北地方から関東地方の太平洋沿岸では大きな被害を受け、津波や火災で多数の死傷者が発生している。加えて放射能や化学物質汚染による被害も懸念される。これら放射能や化学物質汚染に対して、個人レベルで可能な対策をまとめる。
地震によって原発は運転を停止したが、冷却できないという問題が発生している。東京電力の福島第一原子力発電所1号機(福島県大熊町)では原子炉内の燃料の溶融が進んでいる可能性が高い、と原子力安全・保安院が12日14時過ぎに記者会見で発表した。敷地内で燃料中に含まれるセシウムの検出も発表された。メルトダウンによって広範囲に放射能が拡散される恐れがある。
汚染対策の基本は放射性物質や化学物質などの汚染物質を体内に入れないことである。食べない、飲まない、吸い込まない、傷口につけないとなる。汚染は汚染源からの距離、遮蔽物の有無、晒された時間の相関関係によって決まる。そのために汚染物質の拡散時は露出の少ない服装で、メガネに耳あて、マスクをする。
化学物質対策では外出時は風下よりも風上、低い場所よりも高い場所に位置する。色や臭いのある場所からは退避する。1997年に青森県・八甲田山で訓練中の陸上自衛隊員20人が呼吸困難で倒れ、3人が死亡した事件があったが、凹地に滞留した硫黄ガスが原因であった。汚染した場合は迅速に洗い流すことで被害を軽減できる。地下鉄サリン事件では軽症の被害者が、サリンが付着したまま出勤し、後で深刻な後遺症を患った例がある。
より深刻な問題は放射能汚染である。長期的に見れば放射能汚染の被害は、地震や津波以上である。屋外を避け、可能な限り屋内に留まる。屋内に退避する場合、雨戸を閉めるなど遮蔽を徹底する。屋外の空気は可能な限り屋内に入れない。換気扇やエアコンは停止する。洗濯物や布団を外に干さない。外出時は外気を無防備で吸わないためにマスクをすることが重要である。単にマスクをするだけでなく、水に濡らしたマスクをすることが有効である。マスクがなければ濡れタオルを鼻や口にあてる。雨や雪に濡れないようにする。
放射線にはアルファ線、ベータ線、ガンマ線、中性子線などがある。放射線量の検出にはガンガーカウンターが使われるが、基本的にガンマ線を検出し、全ての放射線を検出するものではないことに注意する。このうち中性子線は水やコンクリートでなければ遮断できない。このため、木造よりもコンクリートの建物の方が被曝時には相対的には安全である。
付着した放射性物質の一部は洗い流すことで除去できる。髪や全身をシャンプーや石けんで洗い流せば、かなりの除染が可能になる。強くこすると、皮膚に入ってしまう危険があり、逆効果である。
洗い流しは軍隊でも正式に採用されているNBC (Nuclear, Biological, Chemical)対策である。日本でも海上自衛隊の護衛艦は核爆発による放射性物質や化学兵器による汚染を想定し、海水で甲板上を洗浄する防御システムを備えている。この甲板散水は2003年の自衛隊観艦式で護衛艦「とね」「しらゆき」が披露された。
以上が「焼石に水」的であるが、相対的に被害を低減できる個人レベルの対策である。
福島第一原発事故で世界中に脱原発の動き
2011年3月11日14時46分に発生した三陸沖を震源地とする東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)は福島第一原子力発電所の放射性物質の放出という深刻な原発事故を引き起こした。この事故によって世界各国で原子力発電の見直しの動きが広がっている。ここには環境や人命という価値だけでなく、防衛上の判断もあると考える。
ドイツではメルケル首相が3月14日、原発の稼働延長計画を3カ月凍結し、原発を総点検する方針を発表した。メルケル政権はシュレーダー前政権の脱原発政策を修正し、原発の稼働延長を予定していた。
スイスも14日に既存の原発の改修と新規建設を一時中止すると発表した。ロイトハルト環境・エネルギー相は「安全が絶対的に優先される」と表明した。
タイではアピシット首相が13日に「日本で起きたことは、タイに原発を建設すべきかどうかという決定に影響する」と表明した。タイでは日本などの協力で原発を建設する計画があった。
フィリピンでは議会のエネルギー委員会が14日にバターン原発の再開決議案を審議対象から外すと決定した。バターン原発は安全性の問題で閉鎖中であった。アキノ大統領は「原発に代わる安全性に問題がない代替エネルギーを検討する」と表明した。
オーストラリアではギラード首相が14日にオーストラリアに原発は不要とテレビ番組で表明した。
ベネズエラではチャベス大統領が15日に原発開発計画の凍結を表明した。
中国では国務院常務会議が16日に新たな原発の建設計画の審査と承認を一時的に停止すると決定した。中国では食塩に添加されたヨウ素が被曝を防ぐとのデマから食塩の買い占めが起きるなど、日本の原発事故が大きな社会不安をもたらした。
イスラエルではネタニヤフ首相が17日に同国初の商業用原発の建設計画を停止する方針を表明した。イスラエルでは原発をネゲブ砂漠に建設予定であった。
原発大国のフランスでもコシウスコモリゼ・エコロジー相が20日に耐用年数の迫った原発の使用延長を禁止するなどのエネルギー政策の見直しを表明した。
各国の脱原発の動きは人々の不安に応えたものであるが、福島第一原発の事故は原発の防衛上のリスクも明らかにした。米国同時多発テロ事件(911事件)後には航空機を原発に突入させる攻撃が行われるのではないかとの懸念が指摘された。これに対する回答は「原子炉は頑丈にできており、飛行機が突入しても容易には壊れない」であった。
その当否については見解が分かれるが、福島原発事故でも格納容器の強度に信頼を寄せる専門家は多い。現実に原子炉建屋で爆発が起き、建屋が崩壊しても格納容器は損傷していないなどと説明されている。それが事実かは別問題であるが、少なくとも他の原発施設と比べて格納容器が相対的に頑健であることは福島原発事故で実証できた。
問題は原子炉を破壊しなくても、電源設備や周辺設備にダメージを与えれば危機的状況を起こせることが判明したことである。孫子は「兵は詭道なり」と言っている。敵のガードの弱い場所を突くことは兵法の常道である。原子炉本体は頑丈でも他に弱点があるならば、それが攻撃目標になる。
勿論、福島原発事故の背景は、東日本大震災による広範囲のインフラの損壊で外部電源が得られなかった点にある。それ故に単に原発の設備を破壊しただけでは外部から電源や設備の持ち込むことで回復させることは可能である。しかし、原発周辺に化学テロやバイオテロを起こすことで立ち入りできない状態にするなど、攻撃する側が本気になれば方法を考え出すことは不可能ではない。環境や健康面だけでなく、パワー・ポリティックスの観点からも脱原発が正当化される。
環境問題と東西の思想
自然を受け入れるだけでは解決しない
環境問題に対する東洋・西洋の思想の影響について検討したい。環境問題は現代の世界にとって非常に大きな問題である。
近代科学技術の発達の結果、環境破壊が生み出されたことは事実である。このため、環境破壊の根本的原因として近代科学技術を生み出した西洋文明の思想的基盤が問題視されることがある。そこでは自然を征服し、支配する西洋思想と、自然を受け入れ、共生する東洋思想を対比し、前者が環境破壊をもたらしたと主張される。
欧米及び欧米文化を受け入れた日本に工業国が限られていた時代は環境破壊も先進国の問題であり、この主張も説得力を有していた。しかし、現代では経済成長の著しいアジア各国で環境破壊が進んでいる。日本でも黄砂の飛来への関心が高まっているが、環境対策がとられている欧米先進国以上に大きな環境問題となる可能性が高い。
問題なのは自然と共生する東洋思想が環境問題の解決を阻害する可能性があることである。美しい自然と共生することは素敵なことである。しかし、あるがままの自然を受け入れるということは、汚染された自然や破壊された自然も受け入れることにつながりかねない。
自然を征服する西洋思想が環境破壊を進める原動力となったことは否定しない。しかし、自然を破壊し過ぎると人間にとっても住みにくくなる。そのため、自然保護の声が出てくる。つまり、自然を征服する西洋思想も行き着くところまで行けば自然保護の発想につながる。
ところが、東洋思想では自然は征服や支配ではなく、受け入れ、共生する対象である。ここからは人間にとって暮らしやすい自然を維持・修復するという発想が生まれにくい。そのような思想的基盤のある社会で、自然を汚染・破壊する科学技術が使われたらどうなるか。
人間の経済活動によって自然を汚染・破壊しておきながら、積極的な手を打たず、汚染・破壊されたままにしてしまう。たとえばタイの首都バンコクでは大気汚染が酷いため、警官がガスマスクを着用して交通整理をしている。これは大気汚染を規制して空気を綺麗にしようとするのではなく、汚染された大気を前提とし、それに人間が合わせるという自然に対する受動的な姿勢を象徴しているように思われる。
アジア諸国での環境破壊は欧米が経験した環境破壊以上に深刻な問題となりそうである。そこには中国・インドをはじめとする人口の大きな国が工業化を進めたという量的な問題だけでなく、人間が自らにとって住みやすい自然を維持するという能動的な意識が乏しいという質的な問題があるのではないか。
一方で西洋思想の延長線上の自然保護思想にも問題がある。自然破壊が人間にとって都合が悪いから自然を守ろうとする論理であり、自然そのものを尊重している訳ではない。人間の役に立つから守るということでいいのか、自然それ自体に価値があるのではないか、という問いには答えが出せない。とはいえ西洋思想を東洋思想に置き換えることで解決するような単純なものではないことは確かである。