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96年衆議院議員選挙における、民主党及び新党さきがけの動向及び選挙過程・結果並びにInternet利用状況 1997.10.31

序論

日常生活では常識的に、政治は既にその実践目的から理解されており、程度に差はあれ、誰でも政治の何たるかを知っている。例えば政府や議会、又選挙とか政党、圧力団体などを、漠然とではあれ、具体的な指標として、ある特定の出来事なり制度なりが、又活動なり人物なりが言及されるや、時を移さず、それが政治だと認識されている。しかしながら、何事についてであれ、一面常識というものは際どい。ちょっと立ち止まって、ある意味では真の知識は全て常識と矛盾しているのではないかと、疑ってかかる必要もある。そして、こうして幾分懐疑的で主知主義的な姿勢を採れば、日常生活の中で暗黙裡に把握される政治観に安住しているだけでは、決して充分とは言えなくなるに違いない。しからば、こういった日常的に把握される政治観を越えるためには、政治はどのように捉えられるべきなのか。どういう前提に基づいて、又どういう探究方法で、政治の世界の性格は尤も明確かつ充分に確定し得、理解可能にされるのか。外延的にも内包的にも無限の広がりを持つ経験的現実の中から、どのように政治の世界を切開し分離し、つまりは抽象して、その構成要素をどう分類し体系化すれば良いのか。これは単純な問いかけだが、答えるのは必ずしも容易ではない。とはいえ、この点にこそ、政治の研究はすぐれて理論的なものだと主張される理由もある。

政治研究が常に理論的なものであり、「理念の研究」と評されるのは、なにも政治思想史研究を指してのことだけでは決してない。むしろこの評言は「考察対象となる政治生活上の所謂事実は、与えられるものではなく、つくられるものであり、a prioriな認識枠組みの所産たらざるを得ないのではないか」という提言に基づいている。この意味では政治の世界は認識主体の思考様式に依存し、もっぱらこの様式によって定式化されるといえる。

そこで本論では具体的事実を列挙することよりも理論的な面に重きを置いた。そのため抽象的になり過ぎたきらいがないわけでもないが、全体的な政治観を明確にしておくことが、今後の議論にも生かすことができ、有益だと考える。本論では政治論議にありがちな通俗journalismもどきの政治談論や底意ある党派的言説などは可能な限り排したつもりである。

1. 政党の定義 政党は職業政治家集団として、政策を提起し、政権担当を意図する。

「政党とは、ある特定の主義又は原則において一致している人々が、その主義又は原則に基づいて、国民的利益を増進せんがために協力すべく結合した団体である。」(E.バーク『現在の不満の原因に関する考察』)この定義は理想主義に傾いているが、政党本来のあり方を示していると言える。

「今までに、大規模な自由主義国で政党を持たない国はなかったし、政党なしに代議政治が運営可能であることを示したものは、一人もいない。政党は、おびただしい数の投票者の無秩序の中から秩序を生み出す」(J.ブライス『現代民主国』)。この定義は、現代democracyにおける政党の意義を強調したものである。議会政治にとって政党は不可欠の要素であり、政党がよくその機能を果たすかどうかは、議会政治の将来にかかわっている。

2. 政党の機能

政策提起:各党の世界観や政治理念の観点から、国民各層の情報・要求を集約し政策争点として具体化する。圧力活動の個別利益を国民的視点から調整する。体制選択的課題を提示する(vision形成)。政党は「国家と社会のかけ橋(E.バーカー)」としての機能を果たす。

政権担当:政治理念を国家政策によって実現するため、選挙戦で勝ち抜き、議会で多数派を形成して、政権担当の正当性獲得を目指す。

3. 政党と圧力団体

政策決定に影響を及ぼし、成員の利益を確保・増大させようとする集団と言う点では共通だが、後者は政権掌握の意図は持たず、原則として現政権を拒絶している場合でも、政府の援助や規制を求める。例えば、経済団体には経団連、日経連、日商、全国中小企業連盟、労働団体には連合、全労連、農業団体には、全国農協中央会、専門家団体には日本医師会、教育関係では日本私立大学団体連合、全国連合小学校長会、行政関係では全国知事会、全国市長会、他に主婦連、軍恩連、遺族会、新宗連等がある。

一方、前者は建前であっても、国民的視点に立って行動する。

「政党は、通常ある特定の利益団体の要求と同一視されることを嫌うし、又そのようなことは、この種の政党にとって不可能ですらある。これには十分な理由がある。大衆政党は個々の有権者がいかなる職業についているかに関係なく、選挙民全体に訴えかけなければならない。それ故又、その社会政治哲学は、全ての個別的利益を公平に収容できるように、包括的で同時に無限定でなければならない。又、はっきりと一つの集団に味方して他の集団の怒りを買う危険を冒すことはできない。」(レーベンシュタイン『現代憲法論』有信堂)

4. 政党の類型

一.名望家政党と近代的(大衆)政党。名望家政党は、近代的議会政治の初期の段階、すなわち制限選挙の時代に対応する政党の型であって、もっぱら選挙のときだけ、地方名望家の選挙clubの集会が臨時に開かれるといった具合である。

近代的政党は、「デモクラシー、大衆の選挙権、大衆運動と大衆組織の必然性、統一的最高指導と厳格な党規律の発展」の結果生まれた(M.ウェーバー著、脇圭平訳『職業としての政治』岩波書店、1980、p.54)。それは党費拠出制と定期的集会と各段階の党機関相互の関連を伴った地方組織が確立し、候補者及び綱領の決定並びに選挙運動費用の調達と支出は党組織が行うのである。

歴史的に見れば政党は名望家政党から近代的政党へと発展する。民主党もさきがけも近代的政党の体裁を整えているが、集票や資金を個人後援会その他に依存しており、実際は名望家政党的色彩が濃い。二、 国民政党と階級政党。この区別は、主として政治的闘争の武器として用いられるideologyの性格を濃厚に持っている。国民政党は、全国民的・国家的利益の推進を目的とし、広く一般国民の支持を求める。これに対し、階級政党は、特定の階級的立場、主に労働者階級の利益の増進を目的とし、その支持を求める。普通選挙制の下では、支配階級に属する有権者はごく少数に限られているが、被支配階級に属する有権者は圧倒的に多数である。従って、支配階級の利益を代表する政党は、超階級的な訴えかけをしなければならないという現実の必要がある。民主党・さきがけの両党とも国民政党に位置づけられる。

三、 与党と野党。政権党が与党で反対党が野党である。さきがけは連立与党の一角である。民主党は与党たるさきがけや社民党から参加した議員とそうでない議員から構成されており、橋本内閣に対する姿勢は不明確である。このようなはっきりしない姿勢も民主党の伸び悩みの一因であろう。

四、 保守政党と革新政党。保守政党とは保守主義の立場に立つ政党で、革新政党とは革新主義の立場に立つ政党である。現存秩序に対して防衛的・擁護的立場をとるものを保守主義といい、進歩の観念に立脚して現存秩序に批判的乃至否定的立場をとるものを革新主義という。一般に、保守主義は現存秩序のもとにおける支配的階層によって支持され、革新主義は被支配の立場に立つ人々によって支持される。この分類による民主党・さきがけの位置づけは困難である。55年体制崩壊以来、以前の保守・革新という対立は後退している。さきがけは保守政党である自由民主党から、93年6月の宮沢内閣不信任案可決直後に、武村正義を中心とする政治改革に熱心な若手議員10名が脱党して結成したものである。民主党は保守と革新の寄り合い所帯である。強いて分類するならば保守と革新の中間である、漸進的変革を目指す進歩主義に両党とも位置づけられようか。

 尚、両党ともliberalを理念としているように思われるが、その具体的内容は不明確である。liberalなる語には正反対の2つの意味が含まれているからである。一つは19世紀英国で使われた、自由放任、小さな政府を指向するもので、もう一つは、20世紀米国におけるNew dealerに当てはまる、大きな政府を目指す修正資本主義的な思想である。民主党、さきがけの議員達がどちらの意味でこの語を用いているのか定かではない。単にimageで使っているだけなのかもしれない。

5. 政党制

 G.サルトーリ(『現代政党学』早大出版)は、政党制を単数政党制(単極system)と複数政党制に分け、更に前者を一党制とhegemony政党制、後者を二極systemと多極system、更に二極systemを一党優位政党制と二党制、多極systemを穏健な多党制、極端な多党制、原子化した多党制に分類する。55年体制下の日本は一党優位政党制に位置づけられる。総選挙の前後を通して穏健な多党制に位置していると言えよう。だが、今後総選挙を繰り返すうちに一党優位政党制乃至二党制に収斂する可能性はある。この中で、さきがけが淘汰されるのは時間の問題だろう。民主党がどうなるかは今後の活動にかかっている。二党制か多党制かは民主党が鍵を握っていると見ることもできよう。

6.公職選挙

公職選挙は公職者選出のための意思表出行動であり、政府の「寿命」を限定する機能を果たす。

代表選出機能。政党や候補者は政策・人物を有権者に提示し支持を求める。有権者は自分(の属する集団)の価値観や利害を代弁する者として代表を選出する。選挙結果は議会内の議席の配分を確定し、党派別勢力となって現れる。従って、選挙は社会の中の利害対立を議会の中の利害対立に転換する手続といってよく、政党や立候補者の側から見れば、票や議席の分捕りあいと考えられる。

統治権力の正統化機能。選挙は、建前上は主権者たる国民の名において、権力を行使する人々の行為に正統性を与える。選挙という洗礼を経なければ、いかに有能なものといえども公式に政治指導者としての権威をもつことはできない。

7.選挙制度

日本の衆議院においては小選挙区比例代表並立制が94年に導入が決定され、96年10月に実施された。この制度はGermanで実施されている併用制と異なり、小選挙区選挙と比例代表選挙を別個に行う。有権者は個人名と政党名で計2票投票する。その長所として、政局の安定と民意の反映の調和、少数政党の議席確保、政党本位の選挙、「顔の見える」選挙、短所として、大政党に有利で中小政党の議席が減る、小選挙区が少なく1選挙区当たりの有権者数が多すぎる、選出方法の違う議員が混在する、等が挙げられる。以前の中選挙区制と比べれば、特に小選挙区の導入により大政党に有利になった、という点の影響が大きい。

そのため、自民・新進の2大政党以外で、自主独立路線をとる共産党を除いた各党、議員は保守両党の議会支配を危惧し第3極結集を模索した。その帰結が民主党と言える。だが、政権中枢にあって「負のimage」を負ったさきがけ及び社会党改め社民党の一部議員の参加を拒んだため、民主党は第3極というには遠い存在である。民主党結成までの紆余曲折を反映してか、選挙結果は、民主党は伸び悩み、見捨てられたさきがけは惨敗した。

8. さきがけ結党宣言(1993年6月)

われわれは、既成政治には……時代の要請に対応力が十分ではないと認識して敢えて行動に踏み切り、新しい責任勢力の編成に取り組むことを決意した。

9. 埼玉県内の小選挙区における選挙結果

選挙結果の一例として埼玉県内の小選挙区における両党の候補者の当落をまとめてみた。全選挙区を調べるのは膨大な労力を要するので、都市部と農村部の共存する埼玉県をmodelとして選んだ。政党名、氏名、当落、投票日当時の年齢、当選回数等、現職・肩書、これまでの職・政治歴、学歴、出身地、現住所、旧党籍の順に記す。

1区、浦和・蕨市。両党の候補者なし。

2区、川口・鳩ケ谷市。民主党、前原博孝、落選、49、新顔・比例重複、党埼玉政策委員長・建設埼玉川口支部役員、さきがけ埼玉第二総支部長・日本新党埼玉第一総支部幹事、中央大文学部卒、熊本市、川口市江戸、さきがけ。

3区、草加・越谷市。民主党、細川律夫、落選、53、2・前職・比例重複、弁護士・党埼玉代表・法律事務所所長、法務委理事・社民党日中委員会事務局長・社会党国民運動局副委員長、明治大法学部卒、高知県吾北村、越谷市弥栄町、社民党。

4区、戸田・朝霞・志木・和光・新座市。民主党、石塚聡、落選、38、新顔・比例重複、党埼玉常任幹事、東京都障害者職業相談員・参院議員公設秘書・都議一期・渋谷区議二期、東洋大法学部卒、荒川区、新座市大和田、社民党。

5区、大宮・与野市。民主党公認・さきがけ推薦、枝野幸男、落選、32、1・前職・比例重複、弁護士・党幹事、衆院法務委理事・衆院規制緩和特別委理事・さきがけ埼玉幹事長・日本新党埼玉第五総支部長、東北大法学部卒、宇都宮市、大宮市宮町、さきがけ。

6区、鴻巣・上尾・桶川・北本・北足立郡。社民党公認・さきがけ推薦、深田肇、落選、64、新顔・比例重複、党全国連合常任幹事・党組織局長、参院議員・社会党中央執行委員・全日本建築士会事務局長・杉並区議、中央大法学部中退、岡山市、浦和市神明。

7区、川越・富士見・上福岡市。民主党、伊藤雄一郎、落選、33、新顔・比例重複、フリージャーナリスト・党埼玉常任幹事、日本経済新聞東京本社編集局経済記者・同名古屋支社記者、早大商学部卒、愛知県一宮市、川越市的場北。

8区、所沢市・大井・三芳町。民主党、当麻好子、落選、47、新顔・比例重複、宅建業、生活クラブ生協所沢支部委員・所沢市議。日本婦人会議県本部事務局長、大牟田南高卒、福岡県大牟田市、所沢市山口、社民党。

9区、飯能・狭山・入間・日高市・毛呂山・越生町・名栗村。民主、五十嵐ふみひこ、落選、47、1・前職・比例重複、党埼玉幹事長・著述業、衆院予算委理事・さきがけ埼玉代表・日本新党常任委員・時事通信社記者、東京大文学部卒、小平市、入間市豊岡、さきがけ。

10区、東松山・坂戸・鶴ヶ島市・比企郡。民主、松崎哲久、落選、46、新顔・比例重複、現代政治分析センター代表、日本新党常任幹事・同総務・組織各委員長・自民党総裁付、東京大法学部卒、文京区、鶴ヶ島市藤金、日本新党。

11区、秩父・本庄・深谷市・秩父・児玉郡・江南・岡部・川本・花園・寄居町。無所属・新進・民主推薦、田並胤明、落選、63、3・元、元社会党中央執行委員、社会党県委員長・1975年から県議三期・県労評副議長・全逓埼玉地本書記長、熊谷高卒、熊谷市、本荘市西五十子、社民。

12区、熊谷・行田・加須・羽生市・妻沼町・大里村・北埼玉郡。候補者なし。

13区、岩槻・春日部・久喜・蓮田市・南埼玉郡。候補者なし。

14区、八潮・三郷・幸手・吉川市・北葛飾郡。候補者なし。

さきがけ公認の候補者は県内では一人もいなかった。民主党候補は全滅している。今回の選挙では投票率が低く、特に本県では低かった。民主党支持層の多くは都市住民、特に本県では埼玉都民と呼ばれる人々であり、棄権者の多くは彼らだから、民主党はそれほど票を集められず、本県小選挙区では全滅した。

本章では埼玉県をmodelとしたが、その結果は全国においてもある程度当てはまるものと考える。 10. 両党のInternet利用状況

両党とも多党に比べて遜色ない、というよりむしろ活発に利用している。その一因として若手議員が主流であることが挙げられよう。ところで政治家の目的は自らの政策を実現することにある。そのためには権力を自らの手に掌握しなければならない。鳩山氏は「権力にすり寄るようなことはしない」と言ったそうだが、それは自らの政策をなおざりにしてまでも権力にすり寄らないという意味であって、反対党以上のものになるのを望まないと解すべきではない。政治家たるものは権力を握ることを目指さなければならないのである。そして、議会制民主主義国家にあって権力を握るためには選挙に勝って多数派を形成することが必要である。従って政党・政治家はそのために全力を尽くさなければならない。選挙に勝つためには多くの票を集めなければならない。そのためには多数の有権者に支持してもらわなければならない。だから多数の有権者に自分の政策を訴えなければならない。政党は政治家が自分の目的を達成するために結成した結社であるから、その活動は全て選挙に勝つため行われる。無論、政党は純然たる私的結社であると同時に「国民の政治的意思の形成に自由で継続的な協力(ドイツ政党法1条)」や国民の政治教育という任務を果たす公的存在である。しかし、このような公的任務は政党が自覚的に行うべきではない。各人の利潤追求が結果的に社会全体の複利を増大させるように(A. Smith『資本論』)、各党が党利党略から行動し競争することで、結果的に国民の政治意識が高まり政治意思が形成されることになるのである。

そこで政党が選挙に勝利するためにInternetを利用することは利益になるか否かを考える。まずその利点として、大量の情報を流すことができる。尤も日本の選挙は政策よりもimageとか雰囲気とかが重視されるから、長文の綱領を載せても誰も読まないかもしれない。各党がHPを開いたりするのも単にimageでやっているだけかもしれない。

問題点としては、第一にそれほど普及していないということが大きい。まだ有権者の大半が使っていると言えない現状では、有権者に訴える手段としての魅力は小さい。Internetは今後相乗的に普及していくことは疑いないが、Internetにaccessする人全てが政党のHPを見るわけではないのである。新聞やTVは大多数の人を対象にしているから、そこに載ることによって大衆に訴えかけることができる。しかし、例え全世界の人間が使うとしても、「『ネットワーキング』」とは、……特定の情報回路や関心にしたがって、自主的・有機的に『他人とのつながりを形成するプロセス』であり、実際にはそれは、様々な関心によって分化した多様なローカル・コミュニティのコミュニケーションなのである。(佐伯啓思『「シミュレーション社会」の神話』日本経済新聞社1988)」Internetは大衆に訴えるには不向きな媒体である。

だが小選挙区では過半数の支持を得なければ十分条件を満たさない。比例代表制は政治家個人から見れば小選挙区選出議員よりも劣った存在と考えられているようだし、政党にとっても比例区のみでしか議員を出せなければ、有権者とのつながりが希薄化していずれは消滅してしまうだろうから、やはり重要なのは小選挙区である。そこでその小選挙区で勝つためにはInternetだけでは十分でないと結論できる。

結語

情報は瞬時のうちに世界を駆け巡る、と言われる。情報が世界を狭くした、と言われる。どこにいても、いつでも情報を得られ、発信することができる、と言われる。情報共同体によって民主主義は発展し、やがて情報共産主義が来るはずだ、とも言われる。情報化社会の幸福な常識の一つと言ってよい。だが、本当だろうか。

佐伯啓思は前掲書で、情報networkの果てしない拡大がglobalizationをもたらすという常識に対して、今後進行するのは人々の様々な関心によって分化し多様化した情報のlocal community形成ではないか、としている。local communityの形成自体はglobalizationとは対立するかもしれないが、好ましいことだと私は考える。誰もが同じTVを見、新聞を読み、radioを聴いていたら、個性の自由な発現からはほど遠い画一化された生活に甘んじることになってしまうだろう。だが、より興味深いのは、氏が更に踏み込んで、この多様なlocal communityが新たな選別化の様式にならないという保障はない、としている点である。

私も、情報のglobalizationによる「共生社会」実現は不可能に見えるとともに、それに対する多様なlocal community形成も楽観視できず、むしろ現代社会及び現代世界においては、情報は社会各層の序列化及び世界の序列化につながると思われるのである。

理由は実に簡単である。情報化の進行が社会を大きく変えるという「情報化社会」の常識は、それは社会を変える以上にまず、現代社会及び現代世界のあり方に規定されることを無視しているからである。 以前、Brazilのある研究者が、世界の識者を集めた情報論のsymposiumで、先進国側がもろ手を挙げて情報networkの拡大を歓迎しているのに対して、「南」には情報networkの拡大は必要ではない、何故ならそれは現在の南北関係をいっそう固定化することにしかつながらないからだ、と語っていたのを聞いたことがある。現在の情報化の進行が、南北の矛盾の深刻化と同時であることから、このBrazilの学者の言葉は正しいと思う。日本国内でも同じことがいえよう。情報化社会が盛んに取りざたされているのは、主として経済それも金儲けのための新しい必要のためであり、実際、情報化社会の進行と共に進んだのは、社会各層の序列化であったのである。例えば大半のISPが料金の支払い方法をcredit cardに限定しているので、そのためISPと契約できるのは事実上cardを持っている人に限られている。

情報化社会と言ってもその実態は、様々な幸福のimageに阻まれて、よくわかっていない。情報化社会にあって大切なのは、一つの情報に反対の情報を考え合わせることであり、少なくとも一つの情報を絶対化しないことだが、これは「情報化社会」という情報にこそいえることではないか。私は、最近、そのような情報を疑う所から、情報化社会について考え始めたばかりである。


無党派 地方選挙では政党から推薦を受けた候補者という理由で選ぶのではなく、市民自らが考えて候補者を直接選ぶ例が目立ってきた。数年前、東京と大阪では政党とは関係ない青島幸男氏と横山ノック氏が知事に選出された。横山氏は破廉恥な行為をして辞職したが、青島氏は税金の無駄使いである都市博を公約通り中止して、都民の期待に応えた。これは今日の公共事業見直しの先駆とも言うべき業績である。

2000年には厳密な意味での無党派層ではなく無所属というに過ぎないが、石原慎太郎氏が、各政党の推薦を受けた候補者を破って東京都知事に当選した。長野県、群馬県、千葉県知事選挙でも、どの政党からの援助も受けなかった候補者が選ばれた。


電子商取引

米国に数年遅れたといわれる日本の電子商取引EC市場が1999年から離陸期に入った。個人向けECを底上げする第一の要因は1999年10月から株式売買手数料が自由化されたことにある。ネット取引を武器に手数料を大幅に引き下げた新規参入が相次ぎ、個人のネット証券取引が拡大したこと。インターネット接続のためのルートが今後はパソコンだけでなく、携帯電話やゲーム機など多様なモバイル端末に広がる事も予想される事から、個人向けECの裾野はさらに拡大するであろう。

このECに関し、これに関する法律的側面からの検討は情報化社会全般に対する政策的認識や技術進展を背景とした検討を必要とする。この中で特に電子署名・暗号に関する法制度を検討する。その背景としては、電子署名とは暗号技術を用いてその「同一性の確認」、伝送途上で変更・改竄されていないかと言う「メッセージの完全性」、伝送途上で第三者に漏洩しないかという「秘匿性」など電子的メッセージの伝達に必要とされる安全性・信頼性を確保するための基幹技術としての役割が期待される。

次に電子署名が電子商取引や電子決算の基盤となるべき技術である事から、これらに関し法制度の整備が必要である事は共通した認識だが、その現時点における法制度の検討課題を挙げる。技術的中立性に関し、これに配慮する事は技術革新を阻害せず、市場適合性を確保し、グローバル・スタンダードとしての法制度を策定する場合には、きわめて重要な要素になると考えられる。次に、ライセンス制の採否について、これに関しては第三者のために電子署名の証明サービスを行う事業者について「ライセンス制」をとるか否かが論議の的となっている。この「ライセンス制」には「必要的ライセンス」と、「任意的ライセンス」があろが、多くの立法例においては任意的ライセンス制を採用しているようである。

最後に日本の法整備状況だが、閣議決定「行政情報化推進基本計画の改定について」(1997.12.20)において、「申請・届出等手続きのオンライン化にあたって必要となる行政部門と民間部門の認証機能について、国の内外における検討を注視しつつ、制度化が検討されている住民基本台帳ネットワークシステム及び商業法人制度に基礎をおく認証システムの利用可能性を視野にいれ、早期に申請・届出等の手続きのオンライン化を利用するよう所与の準備を始める。」旨がされた。また法務省では法制度の研究、商業投機性に基礎を置く法人の認証、法律問題、実定法に関する問題が検討されている。また大蔵省、通産省、郵政省において、電子署名に関連する様々な研究が行われ、具体的システムを実装した実証実験も実施されている。

貿易

外為法47条(輸出の原則)「貨物の輸出は、この法律の目的に合致する限り,最小限度の制限の下に、許容されるものとする。」

52条(輸入の原則)「外国貿易及び国民経済の健全な発展を図るため、貨物を輸入しようとするものは、政令で定める所により、輸入の承認を受ける義務を課せられることがある。」

輸入においては「最小限度の制限」の規定がない。従って輸入は最小限以上の規制も可能との解釈の余地がある。これに対して輸入においても目的規定の解釈により最小限の制限の下に許容されるとする見解もある。立法論としては法改正により輸出自由の原則と共に、輸入自由の原則を確立すべきである。

通商産業省「輸出貿易管理令及び輸入貿易管理令の一部を改正する政令について」(2000.3)

1. 改正の内容

外国為替及び外国貿易法(以下「法」という)第五十四条第一項(税関長に対する指揮監督権等)の規定に基づき、税関が行った外為法上の確認(輸出貿易管理令第五条及び輸入貿易管理令第十五条)の結果を税関が通商産業大臣に通知する規定を設ける。

(参考)法第五十四条第一項(税関長に対する指揮監督権等)

 「通商産業大臣は、政令で定めるところにより、その所掌に属する貨物の輸出又は輸入に関し、税関長を指揮監督する。」

2. 改正の趣旨

(1)現在、税関は法第五十四条第一項の規定により通商産業大臣の指揮監督を受け、輸出貿易管理令第五条及び輸入貿易管理令第十五条の規定に基づき、貨物の通関に際して 当該貨物の輸出入が法に基づく許可・承認を受けているのか又は受けることを要しないのかの確認を行っている。

(2)今般、通産省において電子許可・承認を一括管理する貿易管理オープンネットワークシステム(JETRAS:Japan Electronic open network TRAde control System)が開発された。これにより、従来、複数の税関に提出する許可・承認証は複数必要とされていたが、一つの許可・承認証で複数の税関から輸出入することが可能となった。この許可・承認証の運用を適正に行うため、税関での上記確認の結果を通商産業大臣に通知することとする。

(3)また、最近でも仕向地等を偽るなどの不正な輸出入が跡を絶たず、税関における外為法に基づく上記の確認に当たり、税関と通産省との連携が今まで以上に必要となってきている。

(4)このため、輸出貿易管理令及び輸入貿易管理令の規定による確認の内容・結果を税 関が通商産業大臣に通知することにより、@規制の適正な実施状況の的確な把握、A残数管理(許可・承認された数量を超過して輸出入されることのないよう管理すること)の一体的かつ正確な把握を行うための政令改正である。

3. 今後のスケジュール。事務次官等会議:2000.3.13、閣議:3.14、公布日:3.17、施行日:4.3。

【セーフガードsafeguard】GATT(ガット)の特例に基づく緊急輸入制限。自国の生産者に重大な損害を与えるおそれのある場合、行使される。