『スターリン秘史 巨悪の成立と展開 3』雇われ左翼批判

林田力

不破哲三『スターリン秘史 巨悪の成立と展開 3 大戦下の覇権主義 上』(新日本出版社、2015年)はソビエト連邦の指導者ヨシフ・スターリンの問題を明らかにする歴史書である。スターリンが地上の楽園を建設する指導者ではなく、恐怖の独裁者であったことは広く知られている。本書は、そのスターリンの問題を一層深めている。

スターリンはナチス・ドイツと不可侵条約を締結した。ナチス・ドイツと共にポーランドを分割した。日本とも中立条約を締結した。これは将来のファシズム陣営との決戦を見据えた一時的な方便と解釈されることが多い。これに対して、本書はスターリンがファシズム陣営との世界分割を本気で考えていたと主張する。

この主張は新鮮である。結果からすればヒトラーは滅び、スターリンは生き残った。故にスターリンはヒトラーの一枚も二枚も上手だったと考えたくなる。特に日本人はソ連が大戦末期に中立条約を破って攻めこまれた経験があるために、ソ連のズルさ、卑怯さを考えたくなる。しかし、独ソ戦でソ連が大損害を受けたことを考えれば、スターリンが、それほど巧妙だったとは言い難い。スターリンがファシズム陣営との世界分割を本気で考えていたとの主張には説得力がある。

これを日本共産党委員長だった人物が主張していることは興味深い。ファシズム体制と共産主義体制を全体主義体制として同一視する見方は、資本主義陣営の保守勢力から唱えられる傾向があるためである。この視点があるからこそ、第二次大戦後の冷たい戦争への突入が正当化される。西ドイツの闘う民主主義もナチスの否定だけでなく、反共としても機能した。

日本でも反動的と批判されている中学歴史教科書がファシズムと共産主義体制を同視する視点を有している。自由社の教科書は「2つの全体主義」と題し、「一つは、マルクスの思想に始まり、ロシア革命を引きおこした共産主義である。もう一つは、ドイツとイタリアを中心としたファシズムである。どちらも全体主義の一種」と述べる。『スターリン秘史』の批判の矛先はスターリンであって、共産主義ではないが、反共につながり得る論理を著者のような人物が採ることは大胆である。

ファシズムと共産主義を同一視して共産主義を攻撃する立場への反論としてオーソドックスな手法は、「ファシズムと共産主義は違う、共産主義には良いところがある」というものである。しかし、ソ連の実例を考えれば、ソ連にも良いところがあるという主張は説得力に欠ける。資本主義を批判しようとする人々こそ、ソ連の問題点に向き合うべきだろう。

日本の左翼には文学の題材にもなったスペイン内戦の影響か、自由主義者と社会主義者が手を取り合ってファシズムと闘う統一戦線にロマンを感じる向きがある。しかし、そのような統一戦線は中々実現しない。それは自由主義者にとっては、ファシズムも共産主義体制も国家優先で個人の自由を抑圧する全体主義体制に変わりはないという冷徹な視点があるためである。その中で左翼側から幅広い連携を志向するならば、本書のようなソ連の全体主義への徹底的な批判精神が欲しいところである。

本書の主張は北方領土問題における日本政府の主張にもプラスに機能する。当時のソ連の外交の動機が領土拡張に過ぎないということを明らかにし、ソ連の道徳的な優位性を否定できるためである。

本書は、このスターリンの世界分割の野心にコミンテルンが利用され、コミンテルン加盟の各国共産党がソ連共産党の傀儡となったとも指摘する。これも重要な指摘である。現代日本には愛国心などを強調する勢力が実はアメリカ従属を進めているという矛盾がある。

この「雇われ右翼」問題は有効な批判になるが、これは日本の左翼にも跳ね返る問題である。ソ連共産党や中国共産党の傀儡であった「雇われ左翼」の存在は否定できない事実である。「雇われ左翼」を無視して、「雇われ右翼」を批判するならばダブルスタンダードになる。「雇われ左翼」の問題と向き合うことは意味がある。



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