都知事選・生活密着課題置き去りの絶望感

林田力

2016年東京都知事選挙で語ることは多いが、私の一番の問題意識は若年層・現役世代の生活に密着した政策提言、政策実現である。そこからすると鳥越俊太郎選挙は絶望的であった。

一般論としては民進党主導で擁立した候補者の方が革新色の強い候補者よりも生活に密着した政策提言可能なイメージがある。それ故に私にも鳥越俊太郎候補に期待する気持ちは存在した。実際、私は消費税島嶼部5%案には従来型の革新候補からは出てこない面白さを感じた。

しかし、鳥越候補は介護離職や成長戦略の正しい意味を知らないなどピント外れが続いた。鳥越氏にとって介護離職とは介護職の離職であり、成長戦略とは「待機児童や介護に必要な施設を作る」ことという。

鳥越氏は2016年7月23日の街頭演説で「介護士から離れて、やっぱりちょっとIT関係に行こうかなあ、とIT関係の仕事に就いてしまう」とIT関係の仕事が楽して稼げる仕事のように演説した(「看過できない鳥越候補の「IT関係の仕事」への浅い認識」ZAKZAK 2016年7月28日)。IT業界は『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』でも取り上げられた業種である。働く人々の現実を分かっていない。

鳥越選挙は護憲平和などの戦後の市民運動にとって全力でアピールできた到達点と評価できるかもしれないが、それ故に生活密着課題が二の次三の次にされた。これは目の前の生活に苦しむ若者や現役世代にとって絶望的である。

問題は日本国憲法改正を阻止できさえすれば良いというような意識である。「反アベ」も単に岸信介の孫であるということで安保闘争の怨念をぶつけているだけではないかとも思える。それでは若年層・現役世代からすると何の魅力もない、最も遠い存在になる。これで鳥越陣営は失敗した。これが疫病神になったとさえ思えてしまう。

護憲平和や脱原発と生活密着課題は本来、対立関係でもトレードオフの関係でもない。両方目指せば良いという考え方も十分に成り立つ。護憲平和に関心がある人も生活密着課題に関心がある人も互いに相手の課題に関心を持つことで問題意識を深め、運動を大きくできる。ところが、鳥越選挙を見ていると護憲平和を叫びたい人は、それを叫びたいから叫んでおり、それで手一杯のように見える。

互いに相手の課題に関心を持たなければ相互主義は成り立たない。だから生活密着課題に取り組む動きに専念した方が良いのではないかと考えたくなる。よく個別イシューの市民団体が選挙に及び腰と叩かれることがあるが、選挙に浮かれる市民が護憲平和など自分達の関心事を叫ぶことにしか興味がないならば、個別イシューを追求する団体が選挙に及び腰となることは合理的な選択になる。

絶望はまだ続く。私は鳥越選挙が護憲平和や原発に偏り、生活密着課題をなおざりにしたと批判した。これは世間の見方でもある。今後に活かすためには、この認識は最低限共有して欲しいものである。

但し、鳥越陣営は生活密着課題を全く考えていない訳ではなかった。多少は打ち出していたが、ピント外れであった。鳥越氏が介護離職の意味を間違って理解していたことが象徴する。これが中間層離反の原因になった。

私は2014年選挙に際して細川護煕候補の脱原発オンリー公約を批判したが、それ以上にピント外れは深刻な面がある。生活密着課題を全く打ち出さなければゼロであるが、ピント外れなものを打ち出したらマイナスになる。もし生活密着課題を考えていないならば、今後は考えるようにするという解決策を導き出せる。ところが、考えた結果が今回の内容では絶望になる。

難しいところは鳥越氏の主張する介護職の離職は、社会問題になっている介護離職としてはピント外れであるが、それも問題の一つであることである。だから介護離職の意味も知らないと世間から批判されても、単なる揚げ足取りの批判と逆ギレする感覚になるかもしれない。

元々、左派左翼には自分達の考える弱者さえ救済されればいいという偏狭さが見られる。生活保護削減には反対するが、ワーキングプアには無頓着。都営住宅には拘るが、ハウジングプアには無頓着などである。鳥越氏の介護離職解釈のように介護労働者の労働条件に関心が偏り、介護離職問題に直面する一般労働者には無頓着であることも上記左派左翼の偏狭さに重なる。

これらも本来はトレードオフの関係ではなく、全ての人々の救済を目指すことが理想的である。しかし、左派左翼が自分達の関心を広げることが無理ならば相互主義は成り立たない。左派左翼の関心から外れた人々の代弁に力を入れることが課題になる。

林田力

鳥越俊太郎候補の労働政策

林田力

東京都知事選挙の鳥越俊太郎候補が政策を発表した。興味深い政策は労働政策である。「笑顔あふれる輝く東京へ」で「希望する人が正社員になれる格差のない社会を目指し、仕事と家庭の両立を支援します」「正社員化を促進する企業を支援し、不本意非正規社員の解消に努めます」と掲げる。証紙ビラでも「望む人が正社員になれる格差のない社会」を「都政を取り戻すための政策」として掲げる。

「希望する人」「望む人」を正規化し、不本意非正規社員を解消するというところがポイントである。左派左翼の労働問題の論調には派遣労働などの非正規雇用という制度が、まるで格差を生み出す諸悪の根源とするようなものがある。それは非正規雇用の中でキャリアアップをしてきた人々にとっては自己否定されたように感じる。

非正規雇用にとって賃金などの格差は大きな問題である。それは同一労働同一賃金によって実現されるものであり、非正規雇用の制度自体を攻撃する必要はない(同一労働同一賃金は少なくとも理念としては与野党でコンセンサスが得られており、もはや差別化できる政策ではない)。

左派左翼の非正規雇用批判を見ると、「俺達の現役時代は派遣労働なんかなくてもやっていけた。だから派遣がなくても経済は回る」というシニア世代の価値観の押し付けが感じられてならない。しかし、そのシニア世代が「昔は良かった」とする高度経済成長期の働き方を現代に復活させればブラック企業になるだろう。

ブラック企業が正社員を対象に生まれた言葉であることを忘れてはならない。逆に派遣労働には欧米流のジョブ型雇用に近い面がある。現実にブラック企業で問題になるサービス残業は派遣社員よりも正社員で起こりやすい問題である。

この意味で望む人を正規化する鳥越候補の労働政策は、派遣労働が良いという人の選択肢を否定していない点で当事者のニーズを満たしている。これは与野党問わずブラック企業に問題意識がある政治家のコンセンサスが得られるところである。自民党代議士も以下のように書いている。

「空いている時間だけ働きたい、派遣で働きたいという方々の雇用の場も大切だ。しかし、正社員で働くことを望んでいる人に対しては、そうした場をいかに確保していくかという点が最も大事だ」(薗浦健太郎『ブラック企業は国賊だ 雇用再生への処方箋』中央公論新社、2013年、189頁)

正直なところ、私は鳥越候補の出馬を聞き、シルバーデモクラシーの権化のようなイメージを抱いた。若年層や現役世代は切り捨てられる、何を問題意識としているかさえ理解されないのではないかと懸念した。しかし、鳥越政策を読む限り、一安心できる。鳥越政策では「貧困・格差の是正に向けて、若者への投資を増やすなど、効果的な対策に取り組みます」と若者への投資を増やすというストレートな政策もある。

今や周りに正社員しかいないという職場の方が画一的な気持ち悪い。契約形態が異なっても、それが人間としての格差になることはない。むしろエキスパートやスペシャリストとして敬意を払っている。格差社会の是正とは差異をなくすではなく、差異に基づく差別をなくすことだろう。

この問題が重要であると考える理由は石田純一擁立劇への批判を目にしたためである。そこでは著名人を持て囃すシニア世代の不見識を批判している。批判者もシニア世代であるが、同年代として恥ずかしいとまで述べている。

この著名人を持て囃す心理は異なる世代である私には理解しにくい。たとえば歌が上手い人やダンスが上手い人をリスクペクトする気持ちはある。しかし、その人に政治的見識があるかは別問題である。だから私達の世代にとって元SPEEDの今井絵里子さんはスターであったが、参議院議員選挙候補者としては女衒の情婦と容赦なく批判する。

故に批判者の批判されるように著名人ということで人間としての等級も上のように扱う意識がシニア世代にあるとしたら恐ろしい。そのような人間こそ一番の差別主義者である。人間が平等であるべき理由は、差異がなく同じ人間だからではない。差異があっても権利の上で平等に扱わなければならない。

逆に言えば、差異のあるもの同士を平等に扱えないから、「非正規労働をなくさなければならない」という結論になるだろう。その種の論者が心の中では最も非正規労働者を見下しているように感じられてならない。それが肌感覚で感じ取れるから若年層非正規労働者が郵政解散選挙で小泉純一郎氏を支持するということが合理的行動として説明できるようになる。鳥越政策には、このような左翼教条主義の傲慢さが感じられない点は好感が持てる。

最後に公正のために説明すると、もともと私は宇都宮健児さんが東京都知事に最適と考えていた立場である。この立場としては、小池百合子候補支持を決定した「かがやけTokyo」の都議会議員らが宇都宮さんに対して公正に論評していることには敬意を表している。


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