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くらしにデモクラシーを!板橋ネットワーク総会

林田力

「くらしにデモクラシーを!板橋ネットワーク」総会が2015年12月27日、板橋区男女平等推進センター会議室で開催された。林田力は希望のまち東京in東部の活動について報告した。住まいの貧困問題と空き家活用に力点を置いた。また、桜江陽子さん(板橋)「「運動から学び、運動を後押しする:地域と雑誌とインターネット」を報告した。

議論の中で印象的なやり取りを二点挙げる。第一に現役世代に訴求する企画を考えるべきとの問題提起である。具体的には現役世代に訴求する方策としてASEAN諸国との貿易など経済的な話題はどうかと提起された。どこでも市民運動家の高齢化が問題視され、若年層の取り込みが課題になっている。これは共通認識と言えるだろう。多くのところではSIELDsなど現役世代を飛び越えた文字通りの若者が想定されている。これに対して板橋ネットワーク総会では、その若者ではなく、現役世代を念頭に議論した。

実は別のメーリングリストで若者の運動と従来型のシニア世代の運動について議論されたことがある。そこで若者の運動を揶揄する意図で「シューダンテキジエイケンハンタイとでも主張しますか」と投げられたことがある。これは痛烈な皮肉である。「シューダンテキジエイケンハンタイ」は「ニチベイアンポハンタイ」のアナロジーである。これは伝統的な運動そのものである。

伝統的な運動では市民感覚とギャップがあるとして、新しいタイプの運動を模索する人々への痛烈な皮肉になる。新しい運動とされる若者中心の運動が実は古いシニア世代の運動と親和性を持っている。古い運動と言っても当時の学生達によって担われた運動であり、若者気質があった。このように考えると所謂若者中心の運動は新しくなく、古い運動の焼き直しと見ることができる。だからシニア層にも受け入れられ、絶賛されるのではないか。

新しい運動が主張される理由は、既存の運動と市民感覚のギャップである。ここでいう市民は社会に出て、社会の現実も理解している人々である。そのような人々が既存の運動にギャップを感じる時、若さは対抗軸にならないのではないか。むしろ学生運動から続いている既存の運動精神よりも精神年齢的には上であると考えるべきではないか。その意味で板橋ネットワーク総会の議論が現役世代をターゲットとしたことは興味深い。

第二に被害者を置き去りにした運動に対する問題提起である。脱原発運動は脱原発を目指すが、脱原発が達成されたとしても、それだけでは福島第一原発事故被害者が救済されない。それでいいかとの問題提起である。

この議論は着地点が見えず、私は口を挟めなかった。「被害者を置き去りにしてはならない」こととは別に何が被害者救済なのかについて深刻な対立がある。私は被害者救済の一助として福島の復興支援に賛成であり、食べて応援にも積極的である。しかし、それを被害者救済とは認めないどころか排撃する人々もいる。被害者を置き去りにすることという本来の問題意識とは別のところで紛糾する危険がある。

このような難しさがあるが、運動が運動の拡大のために、その枠からはみ出る個々の被害者を置き去りにしてしまうことへの問題提起には強く共感する。メインストリームの問題には熱心であるが、そこから外れると冷淡または無関心という傾向がある。

これは労働者共通の利益を打ち出して資本と対峙する労働運動のアプローチの影響が強い。しかし、その労働問題でさえ多様化している。解雇されたという訴えがある一方で、辞めさせてもらえないという訴えもある。労働問題の多様化に十分に対応できなかったことが労働運動の弱体化の一因である。被害者と共にあるかを常に自問していきたい。








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