月別アーカイブ:2019年03月
林田 力 『東急不動産だまし売り裁判』著者

イノセンス 冤罪弁護士

『イノセンス 冤罪弁護士』は冤罪に立ち向かう弁護士を主人公としたテレビドラマ。無実にもかかわらず逮捕や起訴される冤罪の恐怖や自白強要の人質司法の実態を描く。日本テレビ系列で2019年1月19日から放送を開始した。第1話は実在の冤罪事件の下高井戸放火事件を下敷きにした。第1話の平均視聴率は8.3%。
冤罪を生み出す警察官や検察官は憎々しい。他人の気持ちを慮る、あるいは愛想というものを母親の胎内に置き忘れてきたかのような憎たらしい表情であった。冤罪を反省しない警察の体質は腐臭を放つヘドロのような暗闇である。物事には許容出来ないものが確かに存在する。
ドラマ『99.9 刑事専門弁護士』と設定が似ている。どうしても『99.9 刑事専門弁護士』と比較したくなる。『99.9』よりも重たい雰囲気である。重たいテーマであり、重たいドラマになることは当然である。むしろ、社会性とコメディを両立させた『99.9』が稀有である。『99.9』が冤罪ドラマ視聴者の裾野を広げたことで、重たいドラマも可能になったと見るべきだろう。
もっとも『イノセンス 冤罪弁護士』にもエンタメ要素は存在する。主人公の黒川拓弁護士(坂口健太郎)はコミュ症気味である。これは前に進むだけの明るいキャラクターよりも現代的である。真相にたどり着く時の閃きシーンは『99.9』の深山弁護士(松本潤)と似ている。
深山弁護士の完璧さよりも、黒川弁護士のようなコミュ症気味だけど有能の方がキャラクターとしては好きである。しかしながら、父親が冤罪被害者という深山弁護士と、反発しているとは言え、エリート検察官の家庭に育った黒川弁護士では背景の重さが違う。比較されることは俳優にとって酷だろう。
作中に登場する戦隊物ヒーローは、残業レッドや接待ピンクなどブラック企業を風刺している。社食イエローはオムライスばかりの社員食堂なのだろうか。
法律事務所に住んでいる点は『ブラックペアン』と重なる。『ブラックペアン』と重なる点では猫田看護師を演じた趣里が有能なパラリーガルを演じる。ここでも主人公を支えるが、黒川弁護士が火災の後始末をほっぽりだした点は怒っていた。
『イノセンス 冤罪弁護士』ではコメディが空回りしているところもある。黒川弁護士は同僚弁護士をイラつかせる。これは『99.9』と同じであるが、和倉楓弁護士(川口春奈)は主人公より能力がないのにキャンキャン叫ぶだけであり、ウザさしか感じない。『99.9』では深山弁護士にわざと相手を怒らせて楽しむようなところがあり、安心してみていられた。
和倉弁護士は役者が可哀想になるくらい、イメージが悪い。本当は前の勤務先でセクハラと戦い、上司から黒川弁護士の妨害を命じられた際に抵抗するなど骨のある設定がある。そこは今後活かせるだろうか。
『99.9』は法律事務所がバックアップしたが、『イノセンス 冤罪弁護士』は法律事務所の上層部が足を引っ張ろうとする。現実味は『イノセンス 冤罪弁護士』が上であるが、ドラマとして観る上では重苦しさがある。

『イノセンス 冤罪弁護士』第8話

『イノセンス 冤罪弁護士』第8話(2019年3月9日)は再審請求に取り組む。名張毒ぶどう酒事件が下敷きである。指宿林太郎検事(小市慢太郎)は法律事務所の所長を呼びつけて、最高裁が結論を出したものに再審請求することを非難する。しかし、そもそも再審である以上、最高裁の判断にNOを突きつけることである。それを脅しにする検事は制度を理解していない。

今回は非歴史的な日本社会の問題点が描かれる。世間は風化しても苦しんでいる人は苦しみ続けている。終わったことにして前に進もうとする日本人の悪い体質が出ている。日本社会は「お前が我慢すれば全て丸く収まる」と負担を特定人に押し付けがちである。

現実の名張毒ぶどう酒事件と同じく、司法制度としては救いのない結果になった。裁判所は前例主義の公務員感覚が濃厚で、前の判決を否定することを過度に恐れているのではないか。

世の中に裁判官個々の判断の誤りを訴えるしかないだろう。これまで個々の判決に対して不当判決であるとの批判や裁判所の組織への批判はなされてきた。しかし、裁判官個人の業績が批判の対象になることは乏しかった。制度批判の陰に隠れて、個々の責任者はヌクヌクしているという側面がある。

たとえば埼玉県北本市立北本中学校いじめ自殺裁判(平成19年(ワ)第2491号損害賠償請求事件)の東京地裁民事第31部判決は非常識と大きく批判された。同級生から「きもい」と悪口を言われ、下駄箱から靴を落とされ、「便器に顔をつけろ」と言われるなどの事実がありながら、判決は「一方的、継続的ではなく、自殺の原因になるようないじめがあったとは認められない」として自殺生徒遺族の訴えを棄却したためである。また、最高裁裏金訴訟の訴訟指揮も批判されている。しかし、北本いじめ裁判と最高裁裏金裁判の裁判官が重なることはあまり知られていない(舘内比佐志裁判長、後藤隆大裁判官)。

ドラマでは受刑者の人格が壊れる拘禁反応を取り上げる。日本は刑期が諸外国と比較して軽過ぎるとの声が強い。一方で受刑者の被る苦痛は地球で一、二を争うくらい上位である。拘束の度合いが桁違いである。

過剰拘束と侮辱が日本の監獄の特色である。不要な命令を繰り返し、受刑者を踏みつけて楽しむ。刑務所、少年院のどちらにも保護房と称する拷問がある。見張りの暴行も当然視されている。刑務所は移動のさいに手足を伸ばし、歩きかたまで命令する。罵声、怒鳴りは挨拶代わりである。海外では監獄にも最低限の道徳のようなものがあるが、日本にはない。見張りの優越感のためのペットが実態である。人質司法と並び、日本の人権後進国を示すものである。

中野相続裁判さいたま地裁第6回口頭弁論

中野相続裁判さいたま地裁(平成30年(ワ)第552号)の第6回口頭弁論が開かれます。長男夫婦が、母親の治療を拒否する行為が「著しい非行」に相当する又は準じる行為にあたると長女は主張します。傍聴や取材を歓迎します。
日時:平成31年4月5日(金)11時
場所:さいたま地方裁判所C棟105法廷
https://www.hayariki.net/inherit/
本裁判は母親の治療を拒否した長男夫婦から訴えられた共有物分割請求訴訟です。長女には「遺留分がありません」と説明した長男夫婦の代理人弁護士の法律に基づかない杜撰な交渉によって泥沼化した中野相続裁判の第2幕です。
長男が母親の経管栄養の流入速度を速め、延命につながる治療を拒否したという高齢者医療のあり方にも関係する社会的意義のある裁判です。高齢者の権利の危うさを訴えた林田医療裁判に引き続き家族とは、兄妹とは、を考えさせられる裁判です。林田医療裁判は医療過誤原告の会の会報第40号『悲しみにくじけないで』(2018年7月1日)に「母の望まぬ死」と題して掲載されました。
大口病院で入院患者を殺害したとして、元看護師が逮捕された事件では「自分が勤務の時に患者が亡くなると家族への説明が面倒だった」が動機とされます(「「家族への説明が面倒」 逮捕された元看護師の女」毎日新聞2018年7月8日)。林田医療裁判では患者に夜間だけ酸素吸入させました。病院の控訴審準備書面は「家族が見守る中で自然死を迎えることができるように、夜間呼吸中枢が過たぬ程度(原文ママ)の酸素を供給する管理を行った」と主張しました(4頁)。
是非お時間を頂きまして傍聴・取材をお願い致します。皆様の傍聴ご支援を戴き、裁判所に対して公共性が高いことを強く訴えかけさせていただければ、と考えております。温かいご支援を賜りますよう宜しくお願い致します。TwitterやFacebook、ブログ、ホームページなどへの拡散お願い致します。
皆様の暖かい御協力と強力なエネルギーに励まされています。心から感謝いたします。連帯の輪を広め、力強く踏み出していることに誠に心強く、限りない感謝の念で一杯です。引き続きご支援をお願いいたします。

住所:埼玉県さいたま市浦和区高砂3-16-45(埼玉県庁の近くです)
JR東日本の浦和駅西口(改札中央一つ出て右側が西口)から県庁通りをまっすぐ行くと左側です。浦和駅西口から左手交番の前を通り過ぎて歩道にわたり、左側の歩道を道なりに歩く。左側の歩道の三菱UFJ信託銀行の前を通ります。右側にコルソがあります。県庁通り左の歩道をまっすぐ歩きます。徒歩15分。
バスは浦和駅西口から国際興業バス「志木駅東口・西浦和車庫・蕨駅西口(北町4経由)に乗り、埼玉会館を経て、県庁前で降ります。
武蔵浦和駅からはタクシーで700円台です。中浦和駅からは徒歩20分位です。
さいたま地方裁判所は家庭裁判所や簡易裁判所と同一敷地にあり、建物はA棟、B棟、C棟、D棟とあります。C棟は奥にあります。B棟から入り、2階に上がって渡り廊下を通ってC棟に行き、1階に降ります。
http://www.courts.go.jp/saitama/about/syozai/saitamamain/index.html

中野相続裁判さいたま地裁

中野相続裁判は平成19年9月8日に亡くなった母親(東京都中野区)の生前贈与や遺贈が無効であるとして長女が長男と配偶者を訴えた訴訟です(平成20年(ワ)第23964号 土地共有持分確認等請求事件)。中野相続裁判は母が亡くなった一年後に始まりました。この裁判によって長男が入院中の母親の経鼻経管栄養の流入速度を勝手に速めたことや治療を拒否したことが明らかになり、林田医療裁判につながりました。
中野相続裁判さいたま地裁事件は、長男夫婦が逆に長女に対して平成30年1月30日付で母の遺産(共有物)の分割を求めて提訴したものです。長女は長男夫婦に相続人や受遺者を主張する資格があるか訴えます。
長男は「時間がかかりすぎる。リハビリに行くのがおそくなる」との理由から入院中の母親の経鼻経管栄養を速めました。これは健康を害し得る行為です。林田医療裁判の東京地裁平成28年11月17日判決は長男の行為が違法と断じました(平成26年(ワ)第25447号 損害賠償請求事件、17頁)。
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経管栄養は医療行為であり、嘔気、嘔吐、腹部膨満や腹痛などの副作用や誤嚥性肺炎の危険もあるため、医師の指示に基づいて行う必要があり、病院では看護師が行うこととされており、患者の家族が行うのは自宅での例外的な場合に限られているのであるから、患者の家族であっても、医師の指示に基づかずに患者の経鼻経管栄養の注入速度を変更することは違法であるといわざるを得ない。
したがって、被告長男が8月15日に医師の許可なく母親の経鼻経管栄養の注入速度を変更することは違法であるといわざるを得ない。
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長男の代理人弁護士は「長男が母親の点滴を早めたなどの主張をしておりますが、それは点滴ではなく流動食であり、何ら問題ないものです」と開き直りました。しかし、経管栄養は医療行為であり、ミスをすれば患者を死に至らしめる危険のあるものです。医者が定めた流入速度を「時間がかかりすぎる」という理由で勝手に速めて良いものではありません。流入速度を勝手に速めることを問題ないとする長男の代理人の主張は、中世を通じて科学を押さえ込んでいた風潮に非常によく似ています。
長男が経管栄養の流入速度を速めた後に母親は嘔吐して誤嚥性肺炎になりました。嘔吐が速めた直後でないことは流入速度を速めたことが問題ないことを意味しません。人体には遅れて影響が出ることがあります。
以下は小説における医師の台詞です。「明日あたりに具合が悪くなった気がしても、慌てないでちょうだいね。遅延型反応というものだから」(ジェームズ・ロバートソン著、田内志文訳『ギデオン・マック牧師の数奇な生涯』東京創元社、336頁)
さらに長男は具合の悪くなった母親の延命につながる全ての治療を拒否しました。医師記録の平成19年8月20日に「family (son)は延命につながる治療を全て拒否。現在Div.(注:点滴Drip Infusion into Vein)で維持しているのも好ましく思っていないようである」と、被告(son=息子)が母親の生命維持を好ましく思っていないと指摘しています。

AKB48元支配人の不適切Twitterが炎上

NGT48山口真帆さん暴行被害事件では山口さんの告発後、今村悦朗NGT48支配人(当時)は雲隠れし、説明責任を果たしていない。ところが、2019年3月に今村前支配人はAKB48の戸賀崎智信元支配人や 細井孝宏支配人と居酒屋で酒を飲んで談笑していた。戸賀崎支配人は飲み会の写真と共に「みんなぐたらない報道に惑わされないように(原文ママ)」とのTwitterを投稿した。これが無神経と批判されて炎上した。問題のTwitterは削除された。バカッター事件を笑えない。

AKB48を運営する株式会社AKSは2019年3月7日、今村悦朗氏の契約解除、細井孝宏氏の退任を発表した。発表は以下のように記載する。「NGT48に関する事案について第三者委員会にて調査中であるにも関わらず、立場ある人間が不適切な行動をしてしまったことを、会社として厳粛に受け止め、前NGT48劇場前支配人今村悦朗との契約を解除し、AKB48劇場支配人の細井孝宏氏の退任を発表いたします」

NGT48運営は事件に対し、コミュニケーション不足との的外れの反省の弁を出した。その運営関係者の飲みニュケーションで刺された。これはコミュニケーション至上主義に対する痛烈な皮肉になる。

そもそもAKBは地下アイドルから発展した。20世紀的な芸能界のスタイルとは異なるところが大きな魅力であった。その運営が不都合な事実を誤魔化す20世紀的な日本型組織であることを露呈したことは、21世紀のアイドルを応援していたファンには大きな失望である。20世紀的な日本型組織の悪癖を経ち、21世紀に相応しい組織が求められる。

この事件は真相を早期に説明して公表した方が損害は少ないという警察不祥事や企業不祥事と共通する事例です。簡単に隠蔽できると甘い考えで嘘に嘘を重ねて反発を強める展開は東急不動産だまし売り裁判(東急不動産消費者契約法違反訴訟)と重なります。インターネット上では東急リバブル・東急不動産に対する批判が急増し、炎上事件として報道されました(「ウェブ炎上、<発言>する消費者の脅威-「モノ言う消費者」に怯える企業」週刊ダイヤモンド2007年11月17日号39頁)。

https://www.hayariki.net/ngt48/

埼玉県警や高知県警で個人情報不正取得

埼玉県警や高知県警で警察官が個人情報を不正取得した。埼玉県警岩槻署の男性警部補は2010年2月から2014年6月にかけ、「捜査に必要」と偽り、知人女性の個人情報を照会するための書類を携帯電話会社などに提出した。公用端末での不正照会を含め、計10人66件の個人情報を不正取得した。警察組織の中に不心得者がいるというレベルではない。むしろ警察官の職権を濫用した計画的な不正取得である。
問題は個人情報の不正取得が埼玉県警のレベルでは是正されないことである。不正取得の発覚は警部補が2014年11月に都内で酒気帯び運転による物損事故を起こしたことがきっかけである。事故の際に車内から不正照会した書類が発見された。埼玉県警は2015年1月23日付で虚偽有印公文書作成・同行使容疑でさいたま地検に書類送検した。
警察官の職権を濫用した個人情報の不正取得は更なる犯罪を生む。埼玉県警川口署地域課の巡査は公用端末で不正に取得した女性の住宅に侵入したとして、住居侵入の現行犯で逮捕された。現金約3万円などを盗んだとして同罪と窃盗罪で2015年1月2日に起訴された(「個人情報不正照会、住居侵入、捜査書類偽造… 埼玉県警、2人免職、1人停職」産経新聞2015年1月24日)。恥も外聞も知らないのかと嫌らしさにゾッと総毛立つ。

山形県警では巡査部長が2017年7月から2018年2月の間、知人女性の犯罪歴などの個人情報を公務目的外で2回、照会したとして、本部長注意とした。これは毎日新聞の情報公開請求で明らかになった(日高七海「<警察学校>山形県警の警部補と巡査がカンニングで処分」毎日新聞2018年10月6日)。
情報公開請求では警察学校で行われた試験で山形県警の警部補と巡査がカンニングをし、本部長訓戒としていたことも判明した。記事ではカンニングをメインにしている。情けなさではカンニングが勝る。そのために記事の中心の内容とし、見出しにもしたと思われるが、市民への悪影響では個人情報の目的外照会が悪質である。

高知県警の30代の男性巡査長は、警察内部のシステムを不正に用いて20代女性の住所を調べ、女性宅への嫌がらせやストーカー行為をしていた。県警は2019年2月15日付で巡査長を器物損壊容疑で高知地検に書類送検し、懲戒処分(減給6カ月)に。巡査長は容疑を認め、同日に依願退職した。
送検容疑は以下である。2018年8月11日と同19日のいずれも午前2時頃、女性の住む集合住宅の窓ガラスに石を投げて割った。同年12月29日午前3時頃、女性宅の玄関ドアの鍵穴とのぞき穴に接着剤を流し入れて壊した。
県警監察課によると、巡査長は2015年12月、高知市内の飲食店で勤務していた女性と知り合い、好意を抱いた。聞き出した家族の車の情報などを警察内部のシステムで不正に照会し、住所を調査。女性宅への嫌がらせに加え、無料通信アプリ「LINE(ライン)」で繰り返しメッセージを送るなどした。
県警は公表しなかった理由について「システムの使用は勤務中の行為だが、私的に調べたことで公務ではない」とする(松原由佳「警察システムを不正利用しストーカーも 高知県警巡査長を書類送検」毎日新聞2019年3月5日)。ここに隠蔽体質がある。警察のシステムが私的に使われたことは、むしろ問題である。古来より、貪官汚吏の駆除が政治改革の第一である。現代日本では警察組織が先ず対象になるだろう。

NGT48山口真帆さん暴行被害事件コミュニケーション不足は的外れ

NGT48山口真帆さんが暴行被害に遭った事件ではNGT48運営の不誠実さが目立つ。特に問題はNGT48運営がコミュニケーション不足を反省理由に挙げていることである。コミュニケーションは双方で成り立つ。コミュニケーション不足を問題とすると相手にも改善を求めるという責任転嫁ができてしまう。

また、コミュニケーション不足を原因とすると、コミュニケーション強化が対策になる。しかし、今回のような事態では、第一に優先すべきことは山口さんのケアである。運営が山口さんと直接コミュニケーションをとることは山口さんの負担になるものです。弁護士などの代理人を通じてでなければ話さないとなっても不思議ではない。

コミュニケーションがあろうとなかろうと暴行事件は問題である。その背後にNGT48関係者がいたならば不祥事である。コミュニケーションは無関係である。コミュニケーションで誤魔化すコミュニケーション至上主義は日本社会の悪癖である。

 

この事件は警察の対応も批判されている。埼玉県警の不祥事である桶川ストーカー殺人事件との共通性を指摘する声がある。

「桶川で起きた「ストーカー殺人事件」を持ち出すまでもなく、ストーカーに困って警察に相談したが、とりあってもらえず、無残に殺されてしまったケースはこれまでも多くあったではないか。」(元木昌彦「「NGT事件」なぜ秋元康は謝罪しないのか」プレジデントオンライン2019年1月22日)

私は桶川ストーカー殺人事件の書評でストーカー規制を強化すればよいというものではなく、半グレの見方をするような警察が問題と指摘した。この事件でも該当する。

和田心臓移植から50年 加速されるいのちの切り捨て

シンポジウム「和田心臓移植から50年 加速されるいのちの切り捨て」が2018年11月18日(日)、専修大学神田校舎で開催された。患者を置き去りにした医療の実態が浮かび上がった。林田医療裁判と重なる問題である。私は質疑応答でキーパーソンについて質問し、フリーライターの守田憲二氏は家族の総意が必要と回答した。キーパーソンは連絡窓口に過ぎず、キーパーソンに独断で治療方針を判断する権限を与えたものではないことになる。
質問「病院の実務だとキーパーソンというのを定めて、キーパーソンと病院だけで決めてしまうことが往々にしてあります。病院にとって、臓器移植をやりたいとか無用な治療をやりたくないとか、そういう方向に迎合するような人をキーパーソンとして認めて、その人の意見しか聞かないで同意を得たという話に進むと思うのですが、それに対して家族はどう対抗できるでしょうか」
回答「お答えは、家族の総意をもってやらなければいけないということです」(市民シンポジウム講演録「和田心臓移植から50年 加速されるいのちの切り捨て」41頁)

このシンポジウムは臓器移植法を問い直す市民ネットワーク、日本消費者連盟、DNA問題研究会、バクバクの会~人工呼吸器とともに生きる、脳損傷による遷延性意識障がい者と家族の会「わかば」が共催した。3名が講演した。
小松美彦「和田移植とその歴史的構造」では和田心臓移植の問題として、自発呼吸も心音もあるのに絶望的と判断され、生きているうちに心臓を摘出された蓋然性が高いことと指摘する。心臓移植は、それ自体是非が問われるが、現実の和田心臓移植は心臓移植の進め方としても問題がある。
ここに現実の医療問題を追及する場合の難しさがあると感じた。「心臓移植は許されない」と「心臓移植の要件や手続きから逸脱している」という二つの方向からの批判が成り立つ。これら二つの論点をそれぞれ独立して吟味すれば良いが、ごっちゃにされがちである。追及される側は意図的にごっちゃにして、批判側が論理矛盾しているように見せて責任逃れする。この克服が大きな課題である。
「和田移植とその歴史的構造」は、和田心臓移植は七三一部隊や九州大学医学部生体解剖事件とつながっているとも指摘する。この種の指摘は珍しくない。一方で「和田移植とその歴史的構造」は戦争に帰してはならないとも主張する。全ては医療・医学の構造的問題であり、人間の命と体への権力問題である。患者は実験材料であった伝統が医学にある。
現代医療の闇を七三一部隊などの延長線上に位置付けることは、安易に過去を水に流す非歴史的な日本では重要な視点である。しかし、そのような論調は戦争が悪いで終わってしまいがちである。「和田移植とその歴史的構造」の視点は新鮮である。
児玉真美「グローバルに進むいのちの切り捨て」は「死ぬ権利」論と「無益な治療」論が両輪になって命の選別と切り捨てを加速していると主張する。
「死ぬ権利」論の恐ろしいところは、それがデフォルトになってしまうことと感じた。もともと「死ぬ権利」は自己決定権が根拠になっている。それならば生きたい人には生きる自己決定権を尊重することが相互主義である。
もっと恐ろしいものは「無益な治療」論である。患者や家族が望んでいても、治療の一方的な停止や差し控えの決定権を問答無用で認める論拠になっている。日本では、この「無益な治療」論による医療サイドの押し付けが深刻である。死ぬことだけ自己決定権を持ち出すことは片寄っている。結局、日本は昔から集団主義の村社会であり、個人の自由を認めていないだけである。本当の意味での自己決定権が対抗する拠り所になるのではないか。
守田憲二「脳死と判定された人は生きている」では、基準に基づかない粗雑な脳死判定がなされていると指摘する。脳死判定を誤る原因として薬物の影響がある。麻酔や鎮痛剤は脳神経の機能を低下させて脳死と似た状態をもたらす。脳死判定から長時間生存し、循環や呼吸、内分泌機能が良好な状態に保たれていれば、薬物が排泄され、脳死判定基準を満たさなくなる患者が増えるとする。

『イノセンス 冤罪弁護士』第7話

『イノセンス 冤罪弁護士』第7話(2019年3月2日)は「青梅のカサノバ」が登場する。紀州のドンファンが下敷きだろう。今回はイノセンスでもなければ、冤罪でもないというタイトルと異なる話となった。

黒川拓弁護士(坂口健太郎)は真実を追求することで冤罪を明らかにしてきた。これは『99.9 刑事専門弁護士』の深山大翔弁護士と同じである。黒川弁護士や深山弁護士の関心は専ら事実である。それによって見込み捜査で冤罪を作り上げる警察や検察から無罪を勝ち取った。

これに対して従来のステレオタイプでは、熱心な刑事事件の弁護人の関心は人権であった。「知りたいのは事実」と人権擁護が両立するとは限らない。『デスノート』のLや『相棒』の杉下右京のように違法捜査など手段を選ばずに事実を明らかにするキャラクターも事実重視である。捜査側ではなく、被疑者・被告人側で事実重視のヒーローを生み出したことは新しい。

今回は、「知りたいのは事実」と弁護活動が対立するパターンである。黒川真(草刈正雄)は「本当のことを知りたいという動機で成り立つ弁護活動はない」と黒川弁護士を批判する。違法捜査など手段を選ばずに事実を明らかにしようとする発想を根本的に批判するためには、やはり正しい手続きや被疑者・被告人の防御権の思想が必要である。

ドラマは被告人が最後に優等生的な態度になり、無理やり物語をまとめた感がある。日本国憲法第38条第3項の「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない」との関係はどうなるのだろうか。但し、情状弁護の中で青梅のカサノバの悪徳商法ぶりを明らかにすることになるので、その点では意味のある告白であった。

イノセンスでもなければ冤罪でもない話であったが、警察や検察の冤罪製造機は相変わらずである。警察の証言の獲得の仕方は誘導的であった。また、監視カメラが検察の主張を崩すために使われる。監視カメラの映像を弁護人が平等にアクセスできることが必要である。

聞いてよ市長!さいたま市民政策プレゼンテーション

Oneさいたまの会は「聞いてよ市長!さいたま市民政策プレゼンテーション」を2018年9月26日に埼玉県さいたま市南区別所の武蔵浦和コミュニティセンター多目的ホールで開催しました。雨にも関わらず、中学生を含む70人以上の方にご来場いただきました。清水勇人さいたま市長は最初から最後まで参加され、プレゼンテーションに耳を傾けてくださいました。
私は「自殺0を目指す 明日の約束プロジェクト」を発表しました。自殺を0にするためにネットとリアルの両方に明日の約束ができる場所を作りたいと発表しました。その一環として8月5日に開催した「寺遊祭(じゆうさい)2018お寺で遊ぼう・学ぼう・笑っちゃおう」を報告しました。アンケートでは「「話すだけで気が楽になる」そんな人が集まれる場からのスタートは良い事だと思いました」との声が寄せられました。

Oneさいたまの会「聞いてよ市長!さいたま市民政策プレゼンテーション」が埼玉新聞と毎日新聞で報道されました。埼玉新聞記事は発表後の取材質問への林田力の回答を掲載しています。「市長が参加するということで自分の考えを半年間練った。ぜひ市政で実現してほしい」(「さいたまをもっと住みやすく 市民の目線で政策プレゼン」埼玉新聞2018年9月29日)
毎日新聞記事は、林田力「自殺0を目指す 明日の約束プロジェクト」を「自殺者ゼロを目指して、例えばお寺を文字通りの駆け込み寺にして常時相談できる居場所を」と紹介しました(錦織祐一「市民有志がさいたま市長に提案」毎日新聞埼玉版2018年9月29日)。

記事は田中伸幸「飛び出せ!行政マン」を特集しています。ここで取り上げられた縦割行政の弊害の問題は深刻です。民間企業がユーザーエクスペリエンスを重視するようになっている中で後進性が際立ちます。
行政の対応では「たらいまわし」が古くから批判されます。これは解決に役立つ部署を案内するのではなく、自分達の責任逃れをすることが第一と見え隠れすることが問題です。「問題を解決するために何ができるか」ではなく、「それは自分の仕事ではない」ということを相手に理解させることにエネルギーを注ぎます。それは極論すれば、相手が野垂れ死にしようが、憤死しようが関係ないという行政の冷酷さに行き着きかねないものです。
分業すること自体は人類の知恵です。何でもかんでも自部署で成し遂げる必要はなく、それは非効率です。民間企業では自前主義が批判され、企業の枠や国境さえ超えた共創やエコシステムがキーワードになっています。民間の分業と行政のたらいまわしの落差は、むしろ「自分の部署の完結を意識し過ぎる」という公務員の姿勢にあるとの指摘は鋭いです。その意味で清水勇人市長のまとめ「公務員には苦手な分野もあり、市民協働の新しい文化を創りたい」に大きな意味があると思います。




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